元善光寺は飯田にあった~でござる。
ヾ(・ω・`;)ノ
飯田ってのは、長野県の南部にある
飯田市のことで、福井にも縁のある
『織田信長』側近の『堀秀政』一族
が治めた飯田藩があった城下町だな。
その飯田には『元善光寺』ってのが
あるんだが『信州善光寺』の本尊で
ある一光三尊(善光寺如来)を最初に
安置した『座光寺』のことだそうだ。
その『元善光寺』の傍にあったのが
『上野南本城・上野北本城』でして、
築城の年度が定かではないらしいが、
『座光寺氏』により築かれたらしい。
南本城の麓にあるのが『麻績神社』。
『麻績』は、今で言う『紡績』みた
いな意味だから、その役目を負った
『麻績部』の氏族と関係あんのかな。
で『座光寺氏』は武田信玄側に属し
てたんだが、1554年に反旗を翻して
落城。でもその後は『徳川家康』に
仕え、旗本として明治に至ったとか。
ま~、それは関係ないか。…って話。
( ̄∇ ̄;)

注視すべきは麻績(おみ)という言葉。
ヾ(・ω・`;)ノ
そんなわけで『麻績』と言えば『麻
績城』長野県筑摩郡麻績村にあった
『服部清信』が築いた城だな。ま~、
『服部』と言えば忍者ハットリくん。
『服部半蔵』と言えば、伊賀上野で
伊賀上野と言えば『くみひも』だね。
『麻績部』に『服部』と来ればもう
これは、大和王権の『部民制』だな。
ところで『服部半蔵家』の親戚関係
にある徳川譜代大名の青山幸成の娘
が、飯田藩初代当主である堀親昌の
継室だとか、ま~、色々あるんだね。
もう一つ、伊賀上野と言えば伊勢で、
伊勢松阪には『神麻績機殿神社』と
『神服織機殿神社』があって、神宮
を伊勢に導いた『倭姫命』に繋がる。
そして、神宮に仕えた一族は『神服
部』『神麻績部』とも呼ばれ、信濃
などの東国に進出し、機織の技術と
共に『天白信仰』を伝えたんだとさ。
天白信仰と言えば修験道。…って話。
( ̄ロ ̄lll)