左左右右元元本本の教え~でござる。
ヾ(*´∀`*)ノ


その教えの意味は、左は左、右は右、
元(はじめ)を元とし、本を本とする。
要は、不自然なことはせずに、常に
初心を忘れるべからずって感じかな。


これには『黒心なくして赤心もちて、
清く潔く、斎り慎み』ともあるから
『邪心を捨て真心を持ち、清らかに
汚れなく生きなさい』ってことかな。


ま、『斎り慎み』を『禊』と捉える
か『礼』と捉えるかでアレなんだが、
爺々は神職ではないので『礼儀』と
しての『正直の提唱』と考えている。


そもそも『真心』には、偽りや飾り
などがあってはならないわけだから
『正直』であり、常に初心のとおり
『正しく直す』とか洒落てるじゃん。


存在するのは解釈だけだ。…って話。
( ̄∇ ̄;)



耳に穴なんか開けんじゃね~とかも
ササウウゲンゲンボンボンの教え~。
(*´ω`*)


そう言えば、神道は『自然崇拝』に
『アミニズム』が加わった儀礼的な
モノなのに、終戦後に『宗教』の一
つに分類されてしまったと聞くけど。


確かに神道には、それを創設した教
祖も存在せず、教典もなく、体系化
された教団もなく、信者と思しき者
もいないから『宗教』とは言い難い。


しかも『神』と言っても宿るモノで、
古事記でもそれっぽく書いてあるし、
ま~、強いて言うなら『宇宙の持つ
エネルギーが憑依したモノ』かな~。


例えば、旧約聖書では『神が全てを
創造した』とあるけど、古事記では
『空と海がありました』から始まり、
天御中主神は何もしなかったもんな。


いかにも、太陽に火が灯り、地球に
光が降り注いだみたいな。…って話。
(*´д`*)