今日も一日が、過ぎて行くのでござる。
。゚(*ノДノ)゚。
一日を『ボォー』っとして過ごす事に
慣れ過ぎてしまった様で、気が付けば
『今日は何してたっけ~』なんて事が、
間々あるんだが『白い一日』ですかな。
井上揚水の歌では、真っ白な陶磁器を
眺めているので、爺々のそれとは違う。
何するでもなく時間をワープしたかの
『始りと終り』だけの記憶でしかない。
もちろん、寝ていたのでもなく、何か
を思いあぐねていたのでもなく、次の
瞬間には『時間が経過している』ので、
いわゆる『無』になっていたのかもね。
ま、そんな能力はないか~。…って話。
( ̄∇ ̄;)

眺めているだけの真っ白な陶磁器ねぇ。
(´・ω・`)
今では『大人の顔』をしているんだが、
その存在は真っ白な陶磁器そのモノだ。
もちろん爺々が、爺々のために定めた
存在価値なので『偶像』みたいなモノ。
そんな偶像崇拝の『世界観』において、
少しでも『心が休まる』なら爺々には、
もはや『救い』に他ならない事になり、
真っ白な陶磁器は宗教に昇華している。
『貴方が私の為に何ができるのか』と
求めずに『私が貴方の為に何ができる
のか』を常に行う事こそが重要なのに、
社会には『慈悲喜捨』の心が足りんな。
求めず与え続ける事だ。…って愛の話。
(*´ω`*)
瞬間的に何時間か先の未来にワープを
してしまうような『人生の早送り』は、
たぶん宗教的『奇跡』かも知れないが、
『認知症』でなけりゃ~それで良いや。
ありふれた幸せって酒かな。…って話。
(o´д`o)=3