思想は時代を~巡る巡るなのでござる。
( ̄∇ ̄;)


『看羊録』って本があるんだが、西暦
1600年に朝鮮儒学者『姜沆』が著した
『反日の本』的なモノで『明と朝鮮で
日本を占領しちゃおう』って提言書だ。


この『姜沆』って人は『慶長の役』で
藤堂高虎によって捕虜として3年程を
日本で暮したそうなんだが、その間に
多くの人と交流し感化を与えたらしい。


特に感化されたらしいのが下冷泉家の
『藤原惺窩』でして、その一番弟子が
豊臣家を滅亡に追いやった『方広寺の
梵鐘事件』でっちあげの『林羅山』ね。


徳川家四代に仕え後に大学頭となった
林家の祖で江戸幕府の土台作りに関り、
制度や儀礼などのルールを定めた人物。
私塾『先聖殿』が時を経て~東京大学。


伝承過程で日本独自に改変。…って話。
( ̄ロ ̄lll)

ま、ご都合主義が日本の底力なのかも。
( ̄∇ ̄;)


そして…林家の朝鮮式朱子学が脈々と
上層階級の子息達に伝えられて、その
思想に染まっていった。林家九代目の
『林檉宇』の門下生が『横井小楠』だ。


『維新の十傑』の一人『横井小楠』は、
福井には恩人でもあるけど一番弟子が
『徳富一敬』だったりする。もちろん
福井でも『由利公正』が触発されたり。


人気の『坂本竜馬』が感化されたりで、
要所々々で登場する『十津川郷士』の
丸に十字紋がそれを拒否する八咫烏の
意思とも感じてしまった事は秘密だな。


思えば…、朝鮮式朱子学が蔓延っての
富国強兵だったり八紘一宇だったりで、
『文禄・慶長の役』で関わった事への
千年の呪いなのかも知れん。…って話。
(;´Д`)