もちろん『息子であった経験』はあるんだが、
『息子を育てた経験』は全くないので何かと
途方に暮れているのは皆も周知の事実で、
アレコレと心配を振り撒いている。(*´д`*)

心配を振り撒いてばかりも居られないので、
大人気なく『努力する親父』を講じてみたが、
曖昧な目的では『売れないセールスマン』と
同じで終始を頓珍漢な会話で綴る事になる。

何か『金言』の一つでも説いてやろうなどと、
くだらない『虚栄心』とも言える欲望が湧き、
色々と考えあぐねても何も思い浮かばず、
『時間だけ』が超特急で過ぎたのは内緒だ。

無理は禁物。…って戒めの話だよ。(つд-。)

梅雨空に 義理の息子と 御機嫌よう
晴れ間がのぞけ 漫ろ歩いて  (孫兵衛)



昔『欲望に忠実になる為にこそ禁欲的に』と
聞いて相反の言葉に矛盾を覚えたんだが、
考えてみれば『情けは人の為ならず』だとか、
『急がば回れ』にも似た核心を突いていた。

確かに欲望むき出しの振舞いは人を遠ざける
或いは、同じ類の人を寄付けて止まない様で、
健全な上昇志向を求めるならば、その欲望は
包み隠した上で人と接するが良かろうと思う。

ところが仕事の場で欲望を包み隠していると
欲望むき出しの上司や同僚から忌み嫌われ
『熱意がない』などと言われて仕事に対する
『やる気』さえも疑われてしまう場合がある。

熱意を胸に秘め『颯爽』と仕事に勤しむ事が、
彼らには全く理解できなかったようなんだが、
会社という小さな世界の『善と悪』は社長の
『鶴の一声』で一方的に『悪』と認定された。

それでも、信じて止まない『善』を手放せず、
既に振舞いの『癖』になっていたんだろうが、
毎日の罵倒に苦しみながらも仕事を続けて、
結果的に十年も過ぎた頃には立場が逆転。

後に欲望むき出しの人達が会社を去って、
社長から『悪貨が良貨を駆逐した』と嘆かれ、
一時期、酷く落ち込んだものだが、その後も、
『モラルハザード』は起らず業績も上がった。

今は『客家の教え』の一文と知ってはいるが、
その一文を教えられていた事が我が人生の
岐路に対して『影響を与えた』と思うだけでも
『感慨深いな~』と感じて止まない。( ̄∇ ̄;)

『言霊』ってあるよね。…って不思議な話だ。