さて『今夜は何を食べようか』と毎日、考えて、
如何にも『人生の楽しみはそれだけなのか』と
誤解を生みかねない『生き方』をしてるんだが、
まぁ、いわゆる『老兵』なんて…そんなモノだ。

そもそも『風流貴公子』と異名の源顕基の言った
『無実の罪で流された所から月を眺めて居たい』
そんなモノに憧れていたのだから喜ぶべき事で、
愚痴を溢せば罰があたると相場が決まっている。

眼前のことだけに懸命になっていた頃とは違い、
季節の些細な変化にさえ気持ちを惑わされたり、
小さな悩みや心配が大変な苦痛に感じられたり、
年を追うごとに『四苦八苦』が身に沁みますな。

『生老病死』の避けられない4つが『四苦』で、
『どんなに愛する人とも別れる時が来ること』と
『どんなに嫌な人でも会わねばならないこと』と
『どんなに求めても思い通りにならないこと』と
『肉体や精神があるがため発生する苦しみ』の
4つを加えて『八苦』と言うのだそうだ。(つд-。)

仏教の云うところの『苦』ってのは広い意味で
『自分の思い通りにはならない』って事なので、
『生きている限り、それらから逃れられない』と
いわゆる『一切皆苦』…って、実に悲しい話だ。

そこで、そんな『一切皆苦』とか『諸行無情』の
『此岸』から、そんなモノのない『彼岸』へと
『救い上げてやろう』というのが『仏の慈悲』で、
つまり『他力』の存在がなければ儘ならない。

まぁ『楽にさせてあげて下さい』という言葉は、
そんな『他力』への『慈悲』を即する優しさで、
今こそ『慈悲心鳥の唄』を特定亜細亜に向けて、
歌ってあげよう…と思わずには居られません。



つか…尖閣問題に対して今更『棚上げ論』とか、
『中国もTPP交渉に参加しようかな~』とか、
『じゃ~韓国もTPP交渉に参加だな~』とか、
『中国の平和的台頭の妨害をするな』とかね。

形振り構わずの言いっ放しが続くってことは…、
南無阿弥陀仏  南無阿弥陀仏  南無阿弥陀仏 。
言うなれば『愛の勝利』って話だね。( ̄∇ ̄;)