今では酒に呑まれての記憶喪失が日常なんだが、
こんな『加齢臭』だらけの白髪爺にも若かりし日は、
瞳をキラキラさせて『夢や希望』を両手一杯に持ち、
未来を語った熱い時代があったんだよ。 ( ̄∇ ̄;)
子供特有の『根拠なき自信』を振りかざしていた頃、
とにかく『大人になったら社長になる』なんて言って、
誰彼を構わず『生意気なこと』を語っていたんだが、
ある日の『親父に言われた一言』が忘れられない。
親父は『たぶん正しい事』を相手の気持ちも考えず、
独り言のように『ぼそっ』と言う癖があったんだが、
大概は、その一言でそれまでの話を止めてしまう。
つまり『至言は耳に忤う』…って耳に痛い話ですな。
その後、親父に近い人だとアドバイスを求めたりし、
『何事もなかった』かのように笑話へと続くんだが、
親父の事を知らない人は顔を赤くして反論を挑み、
議論のすえに無慈悲な『四方固め』に泣いていた。
親父は高校へ進学をせずに調理師世界に入ったと
聞いていたので決して教養があったとは思えんが、
たぶん接客を通して多くのことを学んだんだろうな。
いわゆる『長い耳と短い舌を持つ』の人だったかも。
そんな親父が唐突に『一番にはなるなよ』と言った。
まったく意味不明で『頭が変になったのか』と思い、
『あぁ~』と生返事を返して終わっちまったんだが、
なんとなく気になって『一番』は避けて生きてきた。
そんな親父が逝き白髪爺が28歳頃に別の人から、
その意味を知ることになったんだが愕然としたね。
親父は自分の『生き方』を悔いていたようでして、
白髪爺に『同じ過ちをしないよう』との言葉だった。
『矛を振り翳すな、盾にもなるな』の苦言らしいが、
要は『敵をつくるな』って話で『男らしくない』と思い、
仕事も波に乗って『天狗になっていた頃』だったし、
気が付けば『周りは敵だらけ』になっていたんだな。
ようやく33歳の頃に『一番にはならない』と決心し、
敵も減り、味方も増え、ずいぶん気持ちも楽になり、
人から『丸くなった』と言われるようになったんだが、
案外、身体のことを指しているのかも知れないなぁ。
そんなこともあって、人には『向き、不向き』もあるし、
単に『社長になる』ではなくて『〇〇をする』ってのが、
ある意味で『正解だ』と後輩には伝えているんだが、
『舌が長い』からか、上手に伝わらなくて悲しいです。
さて、明晩は我が家で久しぶりの『晩食会』なので、
瞳をキラキラさせての記憶喪失ですなぁ。(≧▽≦)彡