不良親父の白髪爺には、いわゆる『人を育てる』
…なんてのは、とても難しいことで実に痴がましい
ことであるのは言うまでもないが、歳を重ねれば、
そんなこともしなければならない時もあるんだな。

まっ 『親はなくとも子は育つ』らしいので秘訣なんて
都合の良いモノはないだろうと思っていたんだが、
それなりの『教育方針』なるモノは持っていたんだ。
…と言っても実は親からの『受け売り』です。(*´ω`*)

『褒めて育てろ』と言う人がいて、『叱って育てろ』と
言う人もいる。白髪爺は『叱って育てろ』側なんだが、
それは『褒めて育てろ』を否定するが故のことでして、
『叱って育てろ』を全く肯定するものでもないのです。

『褒められる』ことをすれば、もちろん褒め称えるし、
『叱られる』ことをすれば、もちろん叱り飛ばします。
なぜか『褒める』と『叱る』が対立しているかの論が、
どうにも腑に落ちず…寧ろ明かな誤まりだと思うな。

子供の時代は、過ちも多く『叱られる』ことも多いかと
思うんだが大人に成るにつれ『叱られる』ことも減り、
やがては『褒められる』ことも増えてくるんですよね。
いずれ立場が転ずれば親を『叱る』こともあります。

本来、育てるに大切なのは『褒められる』ことでも
『叱られる』ことでもなく『正しい評価』なのでして、
される側にとっては『評価』って『道標』ですから、
これが『正しい』モノでないと道程を過ってしまう。

…なので育てる側はこの『道標』に全身全霊を傾け、
心血を注がねばならない。つまりは『仁愛』ですな。
不良親父の白髪爺が歩いた道など極々僅かだが、
『僅かでも危険を知っている』を伝えるのが責務ね。

まぁ育てる側には『寛容』ってのも大事なんだが、
『叱らないことが寛容ではない』…って話ですな。

簡にいて簡を行うは、即ち大簡なることなからんや。
( ̄∇ ̄;)