ワイン好きの先輩に日々の想いを綴っていると言ったら
『徒然草』みたいなもんか?と聞かれて、
『おぉ~なるほど』と妙に腑に落ちたので、
何十年かぶりに『徒然草』に目をやってみた。( ̄∇ ̄;)

あの頃には『ちんぷんかんぷん』だった文章に、
思わず『そうそう…』と声をあげるほどに『共感』を感じた。
…齢を重ねた証なのだろうか?ひねくれ過ぎたのだろうか?
りっぱに『世捨て人』に近づいているのだろうか?(;´Д`)

『つれづれわぶる人は、いかなる心ならん』って一節がある。

『暇だと言って嘆く人がいるが不思議だなぁ』て意味だが、
吉田兼好は『世間との関わりを絶ち、一人で居る方が良く、
考えることもない暇な時が過ごせるなら心が安定する』と
そんなような… ちょっと過激なことを言っているわけです。

現代に照らしたときに、なるほど情報過多の時代にあって、
『世間との繋がり』を『世論』と読み替えると納得した。
まっ 『自分のことだけで精一杯』ってぐらいの生き方が、
ちょうど良いってことなんだろう。( ゚∀゚;)

報道を聞いては『俺とは違うなぁ~』ばかり言っているから
心が安定せずにイライラモードを脱しないのなら、いっそ、
新聞も読まず、TVも観ず、報道には触れないって方が、
混迷の時代や嘘偽りの時代には適しているのだろうね。

なんだか『成績ばかりを気にする学生』というか、
『他人の目ばかりを気にする人』みたいな話なんだが、
直接には関係のないことにまでも気にしてばかりでは、
そもそもの『存在している目的』すら見失ってしまうんだな。

単に『生きて行く』或いは『死んで行く』それだけが目的の
『生かされ逝かされていくモノ』としては感慨深い話でして、
『存在していた証』なんて必要ない。…って、寂しい話かも。

つまりは、井上陽水の『いっそセレナーデ』とか…。(^_^;)