しかし『春眠暁を覚えず』ではないが、
やけに眠く、朝昼夕の別もなく、ただただ眠い。
まっ『春眠暁を覚えず』の本来の意味は
それとは違い、季節の変化の感覚を詠ったものだ。
もちろん、この老人が異常に眠いのは、
春の仕業ではなくて、寝不足こそが原因なんだが、
出会いと別れの春が『鬱』を呼び込むのも事実で、
いわゆる『五月病』は若者だけの特権ではない。
長引く不況と頻発する交通事故に
異常なまでの自然災害の勃発。(つд-。)
一筋の光さえ見えない混沌の政治に
更なる不安を煽るだけの報道。。゜(>д<)゜。
いっそこのまま眠り続けたい… と
この老人が考え込んでしまうのも一理あるが、
そうも言っていられないから『娑婆』なのです。
実は『娑婆』は『忍耐』という意味なのだ。
つまり、救いの手が差し延べられるまでは、
『耐えがたきを堪え』の世界なのであって、
決して『楽』を追求する所ではないんだなと
ホントに仏の教えには頭が下がります。
なんだが『予言』が流行ってるそうなんだが、
宗教とは『預言(神託)』なのであると聞いた。
『未来を含めた起こり得る矛盾に対する戒め』
…なんだそうで、そう考えると意味が変わるね。
イエスは『気を抜くんじゃねーぞ』と仰っているし、
ムハンマドは『短い人生、我慢しろ』と仰っているし、
釈迦は『なるようにしかならん』と仰っている。
そして、モーゼは『神には勝てない』としている。
まっ 所詮、人間の些細な一生ぐらいは、
神の世界の一日にも値しないのだから、
おとなしく我慢してきちんとしていなさいと…。
信長の愛した『敦盛』と通じるなぁ~。( ̄∇ ̄;)
そんな些細な人間の一生の内の半分である
『学生の間ぐらいは、親の言うことぐらい聞けよ』と
言うのも… いや、まぁ、そうなんだろうね。
眠たいとか言う前に早く寝ろ。…って話だな。