昨年に叔父の諸葛玄を喪った諸葛亮は弟の諸葛均と共に荊州に身を寄せ、晴耕雨読の生活をしていた。
『晴耕雨読』と言っても、諸葛亮自身で鍬や鋤を握ることはなく、農作業はもっぱら弟の均や下男が担っていた。
晴天の日は家にいることは少なく、ふらふらと太公望よろしく水辺で釣り糸を垂らすのが日課であった。
たまに畑に出たかと思うと種の撒き方だの肥料の口出しをしては、すぐに草庵に戻り昼寝に耽っていた。
弟の均は兄の年寄り染みた生活を情なく思っては口酸っぱく苦言を呈した。
その光景を目にしたものはどちらが年上なのかと苦笑を禁じ得なかった。
「均よ…そう何度も同じ言葉を繰り返さずともしっかり覚えておるよ。おかげで耳にタコができそうだ」
「耳にタコができても改めてくれないじゃないですか!タコでもイカでも構いません!とにかく自堕落な生活を改めて下さい‼︎」
「どうせならカニやエビの方がいいな」
「揚げ足を取らないでください!本当に僕の言いたい事がわかってるのですか⁈」
「わかってるよ」
諸葛亮の先ほどまでの飄々とした態度はなりを潜め、真剣な顔つきに変わった。
「明日から司馬徳操の私塾へ行く。これでお前もゆるゆる羽を伸ばせるな」
諸葛亮は爽やかなほど極上の笑みを浮かべて言うと、諸葛均は肩を震わせて額に青筋を浮かべていた。
「あんたって人はなんでそんな大事なことを言わないのですか⁈僕の存在を軽んじてるのですか⁈逐一知らせる価値がないと判断されるほどに疎んじていられるのですか⁈司馬徳操?襄陽で高名な水鏡先生ですよね?そんな立派な方に師事されるなら反対しませんし、する余地もないですよ!ええ!むしろ今までのだらしない生活を送るより遥かに有意義で両手を挙げて賛成しますよ!しかしもっと早くに教えてくれても良かったじゃないですか⁉︎」
諸葛均は一気にまくし立て、言い終えると顔を真っ赤にして肩で息をしていた。
そんな弟の様子をすまなさそうに見て、諸葛亮は言った。
「おまえの言う通りだ。すまない。」
素直に謝る様子を見て諸葛均は目を丸くし、次に叱りつけようとした言葉を失ってしまった。
「だが、明日から塾に通うとは言っても住まいを他所へ移すわけではないよ。今までと何も変わらない。明日もこれからもこの家で寝起きするつもりだから安心してくれ」
「い、いえ…僕の方こそ声を荒げてごめんなさい…」
諸葛均は先ほどまでの剣幕を潜めて元の礼儀正しいあどけない少年に戻った。
「それでは明日の姉上の門出にご馳走作りますか!」
「均‼︎」
今度は諸葛亮が眦を吊り上げ諸葛均を叱りつけた。
「私を女扱いするな。諸葛亮と名乗った時から私は男であると忘れたか?」
「も…申し訳ございません…兄上…」
「もうよい。お互い様だ。水に流して夕餉を作ろう」
「はい。そうですね。明日からは今までのように陽が高く昇るまで寝てられませんからね」
「まったく…おまえは痛いところをつくな」
諸葛亮は困ったように柔らかく笑った。
釣られて均も笑い声を立てた。
