人を非難したくなる時
私は私とまだ深く繋がるツール
があると思っている
が、それに気づくには
少し時間がかかった
人を責める方が簡単だから
人に責任転換すれば
いったんは解決したかに思えるが
実は全く何の解決にもなっていない
例えば挨拶しても、返してくれない人がいたとして、、
最初は意味がわからなかった
仕事の始まりはまず挨拶から
ましてや朝なら
『おはようございます』
で始まるものと思っていた
が、それは私の価値観
挨拶しない人に対して
この人はしないという価値観なんだ、と負に落とすまで
深く潜ってみる
自分の中に、嫌われるのが怖い
とか、機嫌取るために
愛想をふりまいているとか、、
〔それは社交辞令ともいう〕
そんな自分の中の気持ち悪い
部分を発見した
自分の中にある不毛なやましさ
相手ではなく、
自分が何をどう感じているかを
見る
深く潜ったその先には
さらに深さはまだ続く、、
私の中のわたしは
まだまだ待っている
小さな痛みを産んで
深くわたしと繋がるのを待っている
人の事などどうでもいい
自分の機嫌を取れない人が
偽善者ぶって人の為とかいうんだろう
自分を尊重するから
その結果
人をも尊重できるのだと思う
