「すみません」

 

わたしの背後

上の方から

少し低めの柔らかい声がした

 

「ん?」と思った次の瞬間

 

わたしの腰にすっと両手が添えられた

 

わたしの体に触っているその手のひらと五本の指の力加減が

とてもソフトでしかもいやらしさを感じさせず

けれどしっかりとわたしの体を支えていた

 

…そしてわたしの体をそっと左側に寄せた

 

あまりにもさりげない紳士的な彼の行動に

違和感なく従うわたし

 

左に寄せたわたしの横を彼はすっと横切っていった

 

 

 

 

ほんの一瞬の出来事だった

 

 

 

 

 

「ドアが閉まります  ご注意下さい」

車内アナウンスを聞きながら見送るその男の背中

 

 

180cm以上はあるか

長身で細身

髪はやや長めの金髪

柄のシャツを着ていて

履き込んだジーンズ姿

背筋が伸びていて姿勢が良かったので

後ろ姿だけでもかなりカッコいい

 

彼は柔らかい風をまといそのまま

改札に向かう階段を降りていった

 

残念ながら顔までは見れなかった

 

 

 

気づかずに出入り口に立ちはだかってしまい

仕事のメールに没頭してしまっていたわたし

 

 

 

普通なら

今の時代

これは痴漢まがい

 

安易にちょっとしたことでも犯罪と化す

なんとも不自由なガチガチのこの時代に

あのスマートな身のこなし

 

嫌味もなく

とても女性の扱いに慣れている風な仕草だった

 

もしかしたらホストか

かなり女性慣れしている仕事か

 

だとしても

嫌じゃなかった

 

 

ああ

いい感じだな

 

 

素直にそう思った

 

 

 

 

 

 

 

去年の夏の出来事