『夕陽のジプシー』 ―ハンガリー舞曲第四番―
作・演出 内海重典
1976年(昭和51年)10月1日~11月9日(宝塚大劇場)
鳳蘭さんと奈緒ひろきさん
右ページ上から、衣通月子さん、玉梓真紀さん、三代まさるさん
但馬久美さん
もちろん峰ちゃんも
配役
- ナノッシュ ― 鳳蘭
- ソフィア ― 奈緒ひろき
- プリカ(ジプシーの首領) ― 但馬久美
- テーリ(プリカの妻) ― 衣通月子
- ズルカ ― 浦路夏子
- ルパ ― 玉梓真紀
- カリア ― 峰さを理
- シャンドール(剣使い) ― 三代まさる
- プッチーナ(興行主) ― 椿友里
- リューバ(プッチーナの妻) ― 淡路通子
- チュクルカ(警察官) ― 美吉野一也
- セザール ― 桐生のぼる
- ガージュ ― 遙くらら
この作品は泉鏡花の「滝の白糸」が下敷きになっていて、水芸人をジプシーに置き換えたそうです。
舞台は、没落貴族のソフィアと弟のカリアの乗った小さな馬車が、ナノッシュ達ジプシー一座の馬車と衝突して、ソフィアが馬車から転げ落ちてしまうところから始まります。
美しいソフィアに関心を持ったナノッシュ達が、わざと馬車を追いかけて衝突してしまったので、カリアは憤慨して詰め寄るのですが、逆にからかわれてしまいます。姉弟で馬車を直そうとするのですがうまくいかず‥。初めは見ていたナノッシュでしたが、自分たちの非を認めて馬車を修理し、偶然にも目的地が同じだったため、馬車の手綱をとって歌いながら出発します。
ソフィアは法律家の父が仕事上の失敗で不遇の死を遂げたため、弟に父の遺志を継がせようと仕事を探していました。ナノッシュはそんなソフィアに興味を持ち、ジプシー一座に入って一緒に働くことを勧めます。
そうして、ソフィアは弟の学費を工面するために、ナノッシュと一緒に歌うことになるのですが(この展開が少し?)、次第にナノッシュの女性人気が下がり、客入りも悪くなり、学費が用意できなくなってしまいます。ナノッシュとソフィアはそこで悪質なシャンドールの提案を受けてしまい、そして‥‥。
峰ちゃんの役のカリアはこの作品の要となる役で、カリアで始まって、最後もカリアの証言で全てが明るみに出てしまいます。この展開も‥。恩あるナノッシュに対してちょっと酷いというか生真面目すぎるんですが、法律学校の生徒なんでこういう展開に持っていって、結末を迎えるようにするしかなかったのかと‥。
プログラムに載っている台本通りだとカリアの「姉さん、大丈夫かい!」という台詞が第一声なんですが‥、私はまだ小学生だったので、特にお芝居はまだ難しくてあまりよく憶えていません。
憶えているのは、ツレちゃんがギターを弾いていたことと、真っ赤な夕陽(?)をバックにしたツレちゃんとナオちゃんのダンスの場面。
そして、峰ちゃんのコート姿。峰ちゃんは背が高かったのでコートがよく似合っていたんです。
当時の男役の平均身長がだいたい165㎝くらいだったので、169㎝の峰ちゃんは長身で目立っていました。でも星組は全体的に背が高くて、1976年の「宝塚おとめ」を見てみると、ツレちゃんは170㎝、リンちゃんは167㎝、碧美沙さんは170㎝、三代まさるさんは168㎝と大きな人が多かったんです。
この頃の峰ちゃんの印象は〝背の高い若い可愛い男役さん〟
そして〝いつも新人公演で主役をしている人〟でした。
当時の峰ちゃんは、よくマシュマロに例えられていて、甘くてふわふわっとした柔らかい雰囲気で、まだ頬がふっくらとしていたので小学生だった私の目から見ても可愛い男役さんでした
当時の私はまだ新人公演がどのような位置付けのものなのか全くわからなかったんですが、峰ちゃんはいつも主役をしていたので、いつかはトップになる人なんだろうなと漠然と思っていました。
そして、1年程テレビに出演されていたモックさん(遙くららさん)が、この公演から舞台に復帰されたんですが、当時の「歌劇」を見てみたらこの公演の座談会にモックさんが出席されていました
モックさんは初舞台以来の舞台出演だったんですが、少年の役も付いていて台詞もありました。それだけでも破格の扱いなんですが、そんなに大きな役じゃない‥。まだ研3のモックさんが座談会に出てるってことは‥?
でも、内海先生が「男役でいくの娘役でいくの」とモックさんに聞いたら、「男役やらせていただきます」と、この時点では答えているんですけれど‥。
当時のチケットは昭和レトロな〝いろは順〟でした。
チケットの写真は雪組の『ムッシュ・パピヨン』のフィナーレで、トップは汀夏子さんでした。
この作品の主題歌がまた良くて、ツレちゃんがレコードを出していました。
「この愛よ限りなく」 作詞 内海重典・作曲 寺田瀧雄
風が吹き 雲が飛び
恋はいずこに 過ぎ去りぬ
夕陽が燃え 花はしぼみ
夢はいずこに 過ぎ去りぬ
何故落ちる この涙
何故くもる この心
愛しつづける いつまでも
生命ある限り
この愛よ 限りなく
この愛よ 限りなく
この愛は 君がため
この愛は わがすべて
この歌、途中の歌詞に〝生命ある限り〟とあるのでずっと『いのちある限り』の主題歌だと思い込んでいたんですが‥、『夕陽のジプシー』だったんだと最近になってようやく間違って記憶していたことに気が付きました。
『いのちある限り』も最後の歌詞が〝いのちある限り〟なんでややこしい‥。
でも、よく考えたら『いのちある限り』は観に行ってなかった‥
そしてこの作品、「ザ・タカラヅカ」での舞台中継がなかったんです。当時は芝居かショーかどちらかの放送だったのでこの公演はショーだけでした。当時の記憶があまりないのでもう一度観たいんですが、動画持ってる人がいないのでネットに出てない‥。再演もたぶん、一度もなかったような‥?
この作品の第一場に出ているソフィアとカリアの乗った馬車の馬が、『ベルサイユのばらⅢ』の2部でフェルゼンがアントワネットのもとへ駆けつける時に乗っていた馬車の馬と同じだったそうです。
この馬の話題が楽屋日記や、えと文に沢山出てくるんですが、その中の一つを。
1976年(昭和51年)「歌劇」12月号より
「Kemuとともに」
『夕陽のジプシー』の一場で、ナノッシュがソフィアとカリアを乗せる場面があります。
楽に近いある日、楽屋のマイクから突如としてギャハハハと大きな笑い声が聞こえてくるではありませんか。楽屋にいたみんなギョッとして、「どうしたん、どうしたん」「一場で笑う場面なんてあった?」「笑う場面なんてひとつもないよ、これは悲劇だよ」などと口々に心配しておりました。
すると又又マイクから荘さん(鳳)が「お前しっかりしろよ」と急に台本にないセリフが入り、それと同時に客席の笑い声がすさまじく聞こえてくるのです。それに荘さんの歌がいつもなら堂々としたすてきなお声がマイクに聞こえてくるのですが、この日ばかりは少し歌ってはとぎれ、最後に♬幌馬車~♬と長く伸ばすところも、ぷっつり切れ、荘さんの笑いのお声も入ってくるしまつなのです。上級生の人達は、「きっと奈緒ちゃんか峰ちゃんが馬車に乗れなかったんだ」などと創作しておりました。
後でわけを聞くとその原因は、なんと!幌馬車を引っぱっている馬君のせいだったのです。まばたきひとつしないあの馬君、ソフィアとカリアが馬車に乗ったとたんにバッタリ倒れそして荘さんが「お前しっかりしろよ」とささやくと、すぐさまパッと一瞬にして起きあがり、堂々としていたとか‥‥これでは客席爆笑して当然だと楽屋でも大笑いだったのです‥‥。
この作品で初めて〝ジプシー〟という言葉を覚えました。
それ以来、夕陽を見ると条件反射的に「夕陽のジプシー」というタイトルが頭の中に浮かんでいました。
小学生だった私にとって宝塚のプログラムや「歌劇」や「宝塚グラフ」は教材の宝庫で、まだ読めない漢字やわからない言葉も沢山あったんですが、親や姉に教えてもらったり辞書を引いたりして、特に生徒さんの名前の漢字は一生懸命に覚えていました。
ツレちゃんの名前の「鳳蘭」は画数も多くて書くのが難しくて、なかなかバランス良く書けなかったな‥‥。と、当時のことを懐かしく思い出しました。