新潟と山形を3日間堪能して
渋滞に巻き込まれながら、昨夜遅くに戻ってきました。
山形では野菜や果物をしこたま買い込みました。
前々から食べてみたかった米沢ラーメンも食べることができました。
自家製麺でモチモチしていておいしかったです。
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誰にでもよいところとそうでもないところ…長所と短所
得意なことと不得意なこと
もっと言えば、天才的と言えるくらいのところと
正反対の欠けている…障害か?くらいのレベルのところ
このような相反するところがあると思います。
それで、以前の記事の「アスペルガー受動型」に書いたことの
続きのようなことを書いてみたいと思います。
この記事、去年の8月に書いたものですが
アスペルガーで検索してみてくださっているようで
一番いいね!が多いかも?
上記に書いた中で、この項目の続きです。
受動型は、集団の中ではなんとか人と関わろうとはするけれども
自分から積極的に動く事はなく、誘われれば素直に従う。
問題行動は少なく、小さい頃は割と育てやすいが
集団に入れば良くも悪くも流されやすく
主体性が無い為、悪いことだと分かっていても
命令されると従ってしまうこともある。
また流されやすい為、要求を全て受け入れてしまい
それがストレスになってしまう。
育てやすさ故、大きくなってからでないと気づきにくい。
この受動型の中には、私が思うところでは
「人の悪意を察知できない」
というところがあるのではないかと思いました。
あえてもっと深く突っ込むと
人の悪意を察知できない、という障害。
なんかもう、こうして障害と書くと
スッキリして救われる気がします。
人の悪意を察知できないとどうなるかというと
すべて善意として受け入れようとします。
もしかしたら、そうすべき、そうしなければと思っているかもしれません。
それは、この世に悪意などあるはずかない
特に自分を取り巻く部分だけでもそうであるはず
というもの。
そうすると、その悪意を持って迫ってくる人と遭遇しやすいです。
もう少し深く見て行くと
魂の記憶に、人の悪意を知らずに受け入れ
ズタボロになったことが多々あり
それゆえ、根底にリベンジ心があって
でも、恨んでも仕返ししてもダメというのは分かっているから
あえて自分のところに集中して受け入れ
(まるで吸い込むように)
自分を変えること、成長させることで
悪意という闇を光に還ることを目指そうとしているのかもしれない。
ここ1~2週間前くらいから
何かの浄化作用が起こっているような気がして
不調というか、何かのサインが来ているようです。
もう少し静かに見つめて、また書けたら続きを書きます。