お買い物の帰りに

二人乗り自転車が、カーブしようとして曲がり切れず

(雨が降り出し、道路が濡れていたからスリップした)

倒れてしまう、というところを

10m離れたところから目撃し

急いで自転車を漕いでそばまで行って止めて

 

大丈夫?と言って、まずは子供のわきの下を持って

起きようか?と言って起こしました。

起こしたというより、引っ張り出した感じです。

 

お母さんはしばらく呆然としていて

子供さんは自転車の下敷きになって埋もれている感じでした。

大げさな描写ですが、本当にそんな感じだったんです。

 

そこに他の人が自転車で近付き

大丈夫?ケガしてない?と声をかけてきましたが

私を含めお母さんと子供さん3人で、ただただ呆然とするばかり。

正しくは、お母さんと子供さんのショックの中で

私も呆然としていた、という感じでした。

 

すぐにお母さんは声にならない小さな声で

自転車に乗ったままの人と私に

すみません、と唇だけ動かし、首を縦に振る感じで

お礼を言いました。

 

これ以上どうしたらいいか分からないし

大丈夫なのかなと判断し

その場を離れたのですが

同時に子供さんが、わ!っと火の付いたように泣き出しました。

びっくりしたんでしょうね。

 

子供さんは女の子で、3歳くらい。

お母さんは20代後半かな、と思いました。

 

家に帰る途中、自転車を漕ぎながら

泣きたいのはお母さんもだ、と感じました。

お母さんこそ泣きたいんだ。

 

私も次女を載せて、一度軽くですけど転んだことがあります。

その時のことを思い出しました。

子供を乗せて自転車で転んだこと。

申し訳なさと自分自身も痛くてショックで

消えてしまいたいような恥ずかしさと

自分だって誰かに助けてほしいし

大丈夫、ごめんね、びっくりしたね、って言ってほしい

などなど

まるで自分のインナーチャイルドを癒すかのように

色々思いめぐらせていました。

 

親って大変なんですよね。

一緒に転んでも、自分のケアは後回しで

子供のことをケアしなければならない。

子供は大声で泣くけど

自分は泣くわけにはいかない。

ぐっと我慢して、子供を安心させなければならない。

 

自転車で転んだだけでない

他のシーンでも

色々と自分のことは我慢してやってきたなぁ

と思いました。

 

しばらくの間

もっとできることがあったんじゃないか

などと考えてしまいましたが

外国人なら、ハグとかするのかな。

まだ若いお母さんの気持ちを思い

時間差で、イメージでエネルギーで包んで

抱きしめてみた。