女は産まれてきた我が子に「アポロン」と名付けた
アポロンとはギリシャ神話に登場する神の名だ
女はこの子に最高の幸せを手に入れて欲しいと願いを込めて
愛しそうにその名を呼んだ
両親は既に他界しており
アポロンの父親は既に家庭を持っていて
妊娠したことを告げると連絡が途絶えた
女は天涯孤独だった
だが唯一の家族であるアポロンを手に入れた
例え2人きりの貧しい生活であろうが女は幸せだった
そんな女の幸福に呼応するように周りで変化が起き始めていた
女がたまたま通りがかった道の途中で
老人が苦しそうにうずくまっていたのを助けた
その老人はいくつもの店舗を経営しているレストランのオーナーだった
老人は恩返しにレストランで女を好待遇で働かせてくれた
今まで食べるだけで必死だった女の生活に余裕をもたらした
それからも彼女に言い寄る身なりのいい男性がたくさん現れたり
1枚しか持っていなかった宝くじで高級車を当てたり
女は信じられないほどの幸運を手にした
これはアポロンが招いてくれていることだと女はすぐにわかった
女は本当にアポロンを大切に育てた
そしてアポロンが25歳になったある日
1人の女性を連れてきた
婚約を前提にお付き合いをしていると挨拶にきたのだ
女は目の色が変わった
今まで大切に育てた1人息子を渡してたまるかと
アポロンが女性に嫌われるように様々なことを仕向けた
その甲斐あって女性はアポロンの傍を去っていった
アポロンはひどく落ち込んでいた
女は心の奥底から笑っていた
それからアポロンが女性を紹介する度に
同じ手を使って女を引き離した
いつの間にか女はアポロンの幸せを願うのではなく
自分の幸せを優先していた
アポロンを失うと今の生活も失ってしまうと思ったのである
なんとしてでもアポロンを傍に置きたかった
そして5年の月日が流れた
アポロンは30歳になり、女性を連れてくることはなくなった
女はとても機嫌が良かった
しかしアポロンはもう母であるその女と会話もしなくなった
女が話しかけても上の空
なぜそうなっているか女には理解できなかった
そんなある日、遂にアポロンの感情が爆発した
ものすごい勢いで怒鳴り散らし、家中の物をめちゃくちゃにした
女はこの世の終わりとばかりに青ざめ立ちすくんでいた
最後にアポロンは涙を流しこう呟いた
「幸せになりたい」と
その言葉で女は我に返った
今までアポロンより自分の幸せを優先していたことに
この時初めて気づいたのである
アポロンは家を出て行った
女はめちゃくちゃになった部屋に1人取り残された
連絡も一切とらず、1ヶ月が過ぎていた
女はアポロンの事が心配でたまらなかった
この1ヶ月間幼い頃のアポロンのアルバムを眺め毎日泣いていた
まるで心に取り憑いた闇を祓うかのように
そして探偵を雇い、アポロンの居場所を探った
アポロンは半年前から交際していた女性がいたのだ
母親に言うとまた同じ悲劇が起こると思い隠していた
女は愚かな自分を責めた
そしてアポロンと一緒に暮らしている女性の家を訪ねた
チャイムを鳴らし、ドアを開けたのはアポロンだった
アポロンは大きく目を見開いてすぐさまドアを閉めようとした
女はすかさずドアに手を掛け
アポロンが何か言う前に大きな声で謝罪した
何度も何度も声が枯れるまで謝った
滝のような涙を流しながら
事の重大さに奥の方から彼女も出てきた
心配そうに見つめる彼女に微笑み
アポロンは小さくなった母親の体を優しく包み込んだ
女はアポロンの幸せを願った
もう自分には何もいらないからどうかアポロンの幸せをと願った
アポロンは母親の家に戻ってきた
可愛らしい小柄な妻と一緒に
女は両手を広げて2人を招き入れこれからの生活に胸を躍らせた


