このたびの大地震で災害を受けられました皆様へ、心よりお見舞いを申し上げます。
一刻もはやく復興されますことをお祈り申し上げます。
3月22日昨日、私もやっと東京から抜け出して、茨城にある自宅へ帰ってきました。
3月11日の大地震より東京で震災を受けて、第二の拠点とする茨城の地へ帰れず、帰宅難民生活を送っていたのです。
考えてみれば、現状の地震状況をみたとき、東京より茨城のほうが震災の被害も大きく、今も余震がずーーと続いていますが、やはり私は茨城へ帰らなければなりません。
3月11日、急に東京へ出張することになりました。
その日、東京池袋のオフィスで会議があり午後過ぎに終了したので、
池袋駅近くの地下でランチをとっている最中・・・
ゴォーーーーっと音がしたかと思うと、床がグラグラと揺れはじめました。
東京では地震が時々ありますので、揺れには慣れているものの、、、
この揺れは、ハンパない揺れ方です。
ぐらぐら、ぐらぐら、ぐらぐら、ぐらぐら、、、なんだか時間も長いし、繰り返します。
これって、なに!?なにごと?なんなのさーーー!?
周りは異常な雰囲気になり、これはヤバイかも、、、
危険を感じて地下を脱出しましたが、
なんということでしょう!![]()
地上はたくさんの人たちで大パニックになっていました。
道路も公園も人、人、人、避難しています。
揺れが起こるたびに悲鳴が聞こえているんです。
実は、私のオフィスは、30階以上ある巨大なビルの9階にあります。
もしかしたらオフィスにスタッフさん達が残っているかもしれない。
心配で心配で、、、ビルへ帰ってみたところ、エントランスにはすでに多くの人たちが避難していました。
オフィスコールを鳴らして応答なし、エレベーターはストップしている。
これは階段を使うしかないと思いましたが、このビルのセキュリティは強固になっていて、
異常事態が起こるとフロアのドアにセキュリティがかかってしまい、階段に閉じ込められてしまうのだそうな。
管理人さんに階段を使用するのを止められましたが、
そんなこと言っている場合ではありません。
えーーい、一気に9階まで駆け上がりました。ハァーハァーハァー!!!![]()
こっちのほうがよっぽどしんどい。
オフィスでは、すでにスタッフさん達も避難してくれていて、あーー良かった!安心安心、と思いきや、ゆらゆら揺れる状態で、本当におっかない・・・。
脱出しよう。
大急ぎでまた階段を一気に駆け下りました。ハァーハァーハァー!!!![]()
あーーーしんど、やっぱりしんどい。
たくさんの人たちが避難している状況と鉄道がストップしていることを考えても、
帰宅できない。宿泊先を探すために、近くにある大きなホテルへ行ったみたところ、、、
なんという光景でしょう。エントランスやロビーにはたくさんの避難している人たちで埋めつくされていました。
毛布や水が配給されている光景、、、初めてみました。![]()
もちろん、そのホテルに宿泊なんてできません。
どこを探しても宿泊がみつかりません。
うーーーむ、困った、本当に困りました。![]()
あちこちを動き回ってやっと小さなビジネスホテルの1室をゲット。![]()
そんな小さなビジネスホテルでも宿泊を求めた人たちで混み合っている。
その小さなビジネスホテルの1室で、帰宅難民になってしまった私とスタッフさん達4人で、おっかない揺れる夜を過ごしました。
街では、救急車や消防車のサイレンがけたたましく鳴っています。
そして車道にたくさんの警察車両が配備されていました。
日本の警備体制、スゴイですよね、驚きました。![]()
この日以降、私は鉄道が回復しないまま、東京で帰宅難民になってしまったのです。
昨日、やっと茨城へ帰ってきたのですが、、、
茨城の私の住む町の地震災害の有様に、、、心が痛みました。
周辺道路は、ボコボコにうねっていましたし、あちこちの塀は崩れ落ち、屋根にはブルーシートがかけられている家々があり。
私の所属する企業の社屋も損壊していました。
今、こうしてブログを書いている最中もゆらゆら揺れています。
いつまで地震は続くのでしょうか。
いつまでおっかない日々が続くのでしょうか。
大自然の凄まじさと怖れを思い知りました。
まさかこんな経験をするとは、、、人生なにが起こるかわかりませんよね。
今回の地震災害を体験すること、これもきっと私には必要な経験かも。
今日一日、無事に過ごせることができました。
ありがとうございます!








今日一日、ありがとうございます!











