「虚面の逃避」第10分冊 早乙女裕之

第10編 拒否

「それが貴方の志向ね。」続けて妙子は「変えることを考えないと。」と言った。私は「志向は、志す理念としての『判断知識』と方向を与えるところの規範としての理解である『倫理』と一致して志向となると思う。だから私は臨床心理士を取れたら次に学士入学して『心理学』を学んで機会が在ったら『教える立場』があっていると思う。」と言った。妙子は「勉強だけではなんだから知り合いがやってる『保護司』でもやってみたら」と謂われた。私は数十年前に証拠には諦めがついたのである。人間は評価の対象を断念したときには人格を秩序とした私の意固地な部分としての気質を「判断資料ー感情ー」として応用できないことを意識してしまったのである。人間の応用には感情が必要であると私は思う。よって辰野が妙子との関係には応用と感情が必要であると思う。そして私は倫理ー生命ーこそ新しい子供の誕生であろうと思う。妙子の判断はいか仕方ないとしてもまだ諦めるには早いと私は思う。人間が諦めたときに新しい命がどこかで誕生するのは偶然の事実であると思う。よって人間にとって結果とは偶然なのであると思う。その偶然をつかみ取ることは非常に困難であると思う。辰野が妙子と知り合ったのも偶然であるならば是非とも「何かー対象ー」を得ることを願ってやまないのである。それには二人の規範の方向が一致する必要があると思うし2人の志向が「共通理念ー夢ー」となる必要があると思う。私は数度か夢に破れたのであり、その原因はよく理解していると思う。原因は根拠を伴うのであり私は二人が必然という事実を逃さないでほしいと思う。そのときに初めて真実を得ることができると思う。人間とは自然と豊かになるものでもないと思う。そこには一定の努力が必要であり安易な道を選択しないように二人には忠告するべきであると思う。私の忠告は私自身であり、それが証拠であると思う。私は一応「離床心理士」を目指したものの「どの道ー妥協ー」専門学校「くだりー低級ー」程度には行く必要があるのであろうと思う私は未だ医師という資格があるように錯覚しているのであると思う。私の甚だしい「誤解ー現実ー」を素直に受け入れることが可能となるまで自宅で今までの患者のカルテでも整理することで妙子との時間を確保したいと思った。カルテとはその人間の「原因ー生き様ー」であり人間の過去を知るには最大の財産であると思うからである。ここに14年前に私が初診した青年のカルテがあったので読むことにしたのである。彼は初診の時は両親が伴っていたと思う。私の眼には普通に見えたが眼球の動きがおかしいと思ったのである。何か異常な現象ー錯覚ーを意識したと思う。彼には気の毒であるが、ここまで錯乱した限りにおいては通勤は困難であり現在の仕事も「判断能力ー異常ー」の欠如があるので直ぐにも退社するだろうと思ったが本人の意思が固いようであり残務処理程度なら負担にならないと思って興奮を止めるであろう「コントミン」を中心に複数の薬を処方したとカルテには記載されていた。私は彼もまた疾患のために社会から排除されると思うと可哀想であるが彼のためにも早期治療が必要であると思ったと当時の私は思ったのかも知れない。精神科医も記憶には疲れるのであり今こう眺める範囲でしか患者の過去は見えないのではないかと思う。臨床心理士とは彼のような患者を医師の視点とはことなる「視点ー主観ー」で見るのではないかと思ったときに私自身の経験を語る必要があると意識できた。仮にこのカルテの患者位の青年であれば何を疑問に抱いたかを私の主観を通じて観察するとなれば必然として彼から動機を聞く必要があると思った。原因が動機である場合には動機は無限であり臨床心理士とは患者の動機の無限を無機化する必要があると思う。すなわち私は患者の動機に価値を付与することだと思う。例えばこのカルテの青年でいえば初診当時において原因すら語らなかったと記載されてる。臨床心理士にとって無言の動機の価値を見出すとはどのようなことか考えた。妙子を思い出した。妙子は恐らく無言の動機で中絶したと思う。それによって彼女は出産という負担が無くなったと考えるならば私は無言の動機それ自体が「価値ー秘密ー」であると思った。私は思う、秘密に価値があるであろうかということである。人間は誰もが秘密の一つや二つはあると思うし隠したいから秘密にすることは理解できると思う。彼が隠したかった価値とは何かと疑問に思う。私は彼が発症した原因は彼自身にあると思った。私は人間が自己に対して疑問を抱いた時においては疑問しか浮かばないと思うし私は疑問の連鎖を断ち切る手段とは彼に疑問を「問いかけるー返答ー」ことではないかと思った。よって臨床心理士とは「馬鹿の一つ覚え」のように「どうしました?」とか「何か疑問点が?」という受け身ではなく臨床心理士が主人公になって自己の考えを述べて、そしてその感想を聞くことにあるのではないかと思う。私は弁護士と同じであると思った。被告人の話しを聞くだけならば「国選弁護ー形式ー」で十分であると思う。臨床心理士とは「私選弁護人ー融通ー」であると思う。私は臨床心理士とは批判するのが仕事ではなく如何に患者の「罪の意識」あるいは「衝動ー過去の事実ー」を聞き出すことが第1であり患者から聞き出した問題点に対して臨床心理士は自己の立場で患者に意見を述べさせることであり第3に述べさせた意見から見出した患者の問題点を私の視点で主観を交えて患者に個人的意見ー主張ーを述べることだと思った。意固地な程度に頑固な自分の性分には合っていると思った。臨床心理士はボランティアのような仕事ー慈善ーだと思わないと務まらないと思うし給料さえ貰えて時間だけ熟すような「輩」は塵に近いと思う。私は一瞬に夢が砕けたような気分に落ちた。私が一人頑張るだけ同僚に迷惑をかけるー疑問ーと思った。私はカルテの彼の原因ー激務ーが理解できたような気がする。彼は同僚から排除されたと錯覚したのであろう。私はまた臨床心理士とは知識の吹き溜まりー余剰ーではなく経験の産物ー情ーであると思った。初心貫徹とは謂うが私は方向転換することにした。やはり人間を扱う「仕事ー困難ー」でそこそこ給料を頂ける仕事を妙子と一緒に探した。いい職業があった。「結婚相談所」のカウンセラーである。人間の大きな転機を迎える若い人間の話し相手も良かろうと思ったのである。妙子に聞いた「いいだろ。」と言ったし「大丈夫だよな」とも聞いた。妙子は「決めたんでしょ、もう。」とあっけなく答えられてしまった。結果は年齢も年齢と謂うことで「契約社員扱ー程度ー」とされたが白衣からスーツも良いかなとは思った。精神科医「擬きー偽善ー」の経験を買われて「結婚相談所」でも悩みである「ベテラン組ー長期顧客ー」の紹介業務を任された。最初は40歳を超えた未婚の女性であった。彼女は大手商社の綜合社員であり役職もあり私の契約社員の給料の5倍以上の年収があった。仕事が順調なのであろう、身だしなみは一段階上であった。彼女のような女性に結婚相談所以外の接点など沢山あると思ったが話を聞くと意外な点が見えてきた。彼女が言うには同僚の男性は既に結婚しており、結果として意地になったというのである。私は「役職を降りることはできないのですか?」というと怪訝な顔をするのである。彼女が言うには『私なんです。』と謂うのである。それは理解できると思った。私は彼女に説明する前に休憩所で一服していた。燃えている煙草は惜しいが燃え尽きた煙草は興味がないと。彼女には失礼かと思ったが謂うことにした。私は彼女に「貴方みたいなキャリアのある女性は男にとって罪なんですよ。貴方に声を掛けたくても男性は貴方を『二重の顔』でみていますよ。貴方は個性が強くて性格も難しいと男性は思うのは無いでしょうか。」と彼女にいった。彼女が言うにはその程度でないと生き残れかったと謂うのである。私はその言葉に後悔を認識できたと思う。「チャンスはありましたよね、それだけの美貌なら。」というと彼女が言うのは『憶測で物を言う男がちょっと』というのである。私は彼女に謂った。「貴方はその立場にいるからね、わからないと思いますけどね。男性は貴方のような女性に『物怖じー劣等感ー』を感じると思いますよ。私が思うにはですよ、立場とか身分とか関係なく自信のある男性は如何ですか?」と私は言ってみた。彼女は私の話に乗ってきた。彼女が言うには自分を肯定してくれる男性がいいとのことであった。私は手持ちの男性資料を調べた。私は偶然に葬儀店を経営している未婚の45歳の男性を紹介してみた。彼女が写真をまじまじと見ていたので私は「この男性は死を扱う仕事なので現実は現実で割り切る決断力があると思いますよ。」と言ってみた。彼女は『写真だけでは』と謂うので私は「男性は逢って第一声でわかる者ですよ。初めて会う人には誰もが自信がないものなんですよ。自信がないので意図的に大きい声で挨拶するものなんですよ。男は不安だと思いますよ。失礼ですが貴方ほど物事をはっきり考えて理解して判断する女性には物足りないかもしれませんが性格的に温和な男性がいいと思います。人間はバランスですから。結婚すると仮定するとバランスがぶつかります。当然に不均衡になると思います。その時に貴方のプライドで謝ることができますか。私はこのような温和な中で決断するような素直な男性がいいかと思いますが。」だけふって彼女にこの男性の紹介状を渡した。私の経験からすると彼女みたいなタイプの女性は自分で主導権を握らせる必要があると思ったからであった。私は退社の時間になってもカルテ整理の癖が抜けず休憩室で煙草を吸いながら色々な女性がいるものだと煙草の煙で巻きたいような気分にさえなったし責任が伴う仕事であるとも思った。後日私は35歳の男性の結婚相手を探すことになった。彼には犯歴があった。一応前科一犯であろうかと思う。彼が言うには言うに及ばす語るに及ばずであり現実的な女性がいても意思表示ができないとのことであった。紹介状には当然記載されていないが私は感として彼が咎めを受けたと意識できた。偶然にその話題が出たのである。当時彼も若かったと私は思うし不慮の事故だと思った。彼は傷害致死罪で服役していたとのことである。彼の「あたり」はよく知らないが確かに人は殺害したには違いないと思ったのであり私が彼を責める立場でもないと思った。彼に勇気を与えることだと思った。彼の名前は田淵君であった。今は仕事も安定しており経済的な問題は無いと思う。彼の口調は語るような口ぶりであり何か不幸を背負ってしまったかのようなしゃべり方であった。私は言葉にならないときは差し障りのない話から始めることに決めていたのである。「田淵さん、タイプは。」と聞くと「大人しい女性が」というだけであった。その言葉から私は自分を重ねた。「田淵さんは安心を求めているね。」と確認してみた。田淵君は何も言わなかったが「看護婦さんは興味ある?」と聞いてみた。田淵君は「職業じゃないんです、個人的な問題なんです。」と言うので私は理解できた。「お子さんができたときになって考えればいいのでは?」と理解したような素振りで尋ねた。田淵君は下を向いた。「愛情深い女性がいいにかもしれないな。」と言ってみた。「田淵さん、年上は?」と尋ねた。田淵君は「それも考えました。昔。」と言ったので「興味はあるんだね。」と言った。尽かさず私は女性の紹介状を探った。私は疑問には思ったがブッラクリストから「自殺経験者」の若い女性を探した。そこで私は20そこそこの美容院の助手の女性を見つけた。私は「彼女はね、きっと大切にされたい願望が強いと思うし感情性が豊かかなと思うしね。母性本能が強いと思うよ。」と紹介してみた。田淵君は「切っ掛けが無いんです。」というので「デートの事かな?」と聞いてみた。「場所がわからないか。」と再度において確認した。「思い切ってね、ウェディングドレスを一緒に見にいったらどうかな?」と意見を述べた。私はついでに「田淵さん、彼女は憧れてるからね、理想を示したほうが。」と逆に質問した。田淵君は「理想ですか?」と言うので「田淵さん、時には男はね、餌をいい意味で釣らないとだめかな。騙すのではなく騙すように本音を言うことかな。相手の心理を読むことかな。」と私は言った。「その女性に申し訳ないと思いますが?」と言うので「騙すように本音を言うことはね、事実なんだよ。だからね、一か八かだよ。彼女に素直に貴方の犯歴をウエディングドレスで包むんだよ。」と謂われて彼は混乱した。私は説明するように語ったのであった。「もし言うならば『君はウェディングが似合うと思う。俺は結婚を一度諦めたけど君の姿をみてやっぱり結婚したいと決めた。付き合ってくれいない?』程度でいいと思うかな。1回目はね。」と言った。田淵君は「じゃあ、事実はいつ?」と真剣になったのを見て本気で結婚を意識しているのが理解できた。私は「田淵さん、それだけ結婚願望が強いならばもう過去の清算は終わったと思いますよ。後は時期を見て話してみては?」と疑問の形で振ってみた。最後に私は「田淵さん。君はまだ若いから。いつからでも再出発できるから。それを信じることが大切かな。未来を見ないと。そこで踏ん切りがつかなかったら私に連絡くださいね。」だけ言って私は自分の携帯番号を書いた紙を彼に渡した。私が思うには避けられない過去からは人間は逃げることはできないと思うし早めに自分を開いた方がいいと思った。私はそれが自分を維持する『最効果条件』としての過去の『原因』の忘れ方であると思った。