「虚面の逃避」第9分冊 早乙女裕之

第9編 否定

 私は思う、肯定が何を与えるかをである。私は経験から言うが皮肉であると思う。辰野は肯定として彼女に皮肉を送ったと思う。そこに悪意があるかといえば無い場合もあるのである。しかし人間は考えることができる動物であると思うし、そうしない

と社会という立場を理解できないと思う。人間は悲しいかな、その社会の基盤の上にか成立しないのであり、従って妙子が馬場

家に線香を上げに戻ってよいかという辰野への配慮の中に彼女の疑念を意識するべきであったと思う。それを見逃したのは辰野!お前であると。人間は見逃したことを後悔すると思う。それを痛恨というと思う。そこに痛みを認識しないのが辰野の素質であると思う。彼は長らく自己の痛みを否定してきたからこそ人間の苦痛に鈍麻したのであると思う。それが結局において妙子の反動としての疑問を生じさせてお前への当てつけとして最後の愛情を示したのが「元の旦那の母が亡くなったというので線香程度はと思ってるの。いいでしょ。」だったのであると思う。私は臆病を人間が受け入れたときにこそ人間は自己の感情の激しさを矛盾と意識するのであると思う。その解法は私には皆目検討が付かない評価であるならば他人の感情の評価ほど困難も無いであろうと思う。従って人間の感情は自己に意味を含ませてそれを咀嚼するほかに手段を持ちうるものでしかないと思う。そこに事実が形成されるのでありそれを否定する概念はそれごと破壊する必要があると思う。そこに規範も目的も喪失するならばなんと自然なことであると私は思う。人間は自然に逆らいつつもそれを自己批判としてもろともしない気分を開花させるのでありそれこそが子孫であると思う。私は辰野のような男は子供を設けて自己を拘束させるほうが最も彼らしい生き方ができると思うのである。それを臆病と意識する辰野にはどこか安定が足りないように思えるのである。それこそが辰野であり辰野としての生き方であると私は思うのである。そして辰野が自分の生き方を肯定した時において初めて臆病を放任することが可能となると思う。私は与えられた愛情には困難を認識し新しい愛情には困難を意識していたのであり彼女の中に自然に意識できたところの認識でしかない愛情に何かを描こうとしたと思う。そう考えると辻妻があうことに私は満足を得たのであり私は彼女を描くことが可能な現実ー架空世界ーを彼女の中ー現実世界ーに探したのである。ならば私は矛盾な形で愛情に困難を意識しなかったのではないかと思う。私は現実の愛情には強いことになるのではないかと思った。となれば妙子に今まで与えた愛情とは非現実となるのではないかと思うと非現実を招くであろう結果の可能性に不能を意識したのであると思う。私は彼女の否定こそが自己の肯定であると考えていた節があるのである。それが彼女への誤解であるならば私はそれを肯定するべきであると思うし、よって、やはり彼女の決断に委ねるべきであると不自然な形で現実を直視したときにおいても結局において私には不安が募った。そこに妙子から「先生、今度は私の条件かもしれません。」と謂われたのであり私は可能性に不安が残るのを彼女にだけは悟られることを防ぐため「妙子、それは君自身じゃないか」と考えもせずに言ったときに妙子は顔色を変えた。「非現実の恋愛には慣れています。」とだけ彼女の内包に残させてしまったのは私の倫理であったのかも知れないと思った。やっと私は気づいたと思う。疑問で与えた倫理は悲惨を与えることをである。よって結果的に私は現実を悲観したと思う。彼女の言葉を無視したのである。この残酷な自分が善意を示した時に悪意となるのを知って私は単純に彼女を意識したときに患者という妙子がまた現れたのである。それも納得がいくと思う。現実だからである。私は現実の彼女を否定したし、それも無意識的にである。私は人格という傾向を呪ったと思う。よって均衡を維持するためには罪の認識を更に強める他にないと思い結果として私は多情に身を委ねた。私の弱さであると思う。結論的に私は自分を彼女に見立てて彼女の中に現実を見たとするならば私が架空であることを意識するには時間が必要であると思ったのである。その実感とは私に何を与えたのかと言えば疑問でしかないと思う。すべてを否定するには現実が経過し過ぎたのであり結果は否定できないならば原因を否定するほかにないと思った私は彼女を否定せざるを得なかった。と考えるならば私が彼女の反応を無視したのは認識ある過失であることに他ならないと思う。ならば彼女が何を言いたかったのか聞けたはずであるにも関わらず無過失的に意図を懐いた自然は罪ではないと思ってしまったのである。よって私は開き直りによって現実を否定したのである。当然にそれは私の表情として顕わになったとするならば彼女には何と悲しい事実を与えてしまったと思う。私は現実に感情を寄せることは可能であるが反面において理解に現実が及ばないところに何と無謀にも現実を作ったがために事故を起してしまったとなれば、結局において偶然の事実として妙子を愛したのであり結果が予見できるはずがないと思うと不覚にも妙子を大船で愛したのは現実に過ぎないとなれば私は過去に私が与えた原因を否定したのではないかと思う。彼女から原因と条件の両方を奪った私は彼女が結果まで奪うとは予想できなかった。ならば私には責任がないと現実を否定したときに彼女は私の理解から消えたと思う。途端に彼女への愛情も消え去ったと思う、ならば私はやはり逃避したのだと思う。嘘面を被ってである。それでも彼女は振舞ったと思う。私はそれを客観として把握したのである。私は理解として彼女が振舞った振りをしていることを認識できたと思う。私も良好な関係を偽った。結果として彼女は私を訝ったのであると思う。彼女は現実を耐え忍んだ。彼女もまた卑怯だと思う。なぜならばもっと早くに私に気付かせて欲しかったと思うと私には感情があったと思う。もう遅いと意識したときには手遅れであった。私は手遅れとは疑問であると思う。私は結果が逃げたと思った。私は結果が逃げたのではないと思う。結果を見逃しただけであると思う。そう考えることで私は自分で慰めたと同様な自虐を意識した。私は反省するには遅すぎないと思ったが彼女は既にいなかった。原因は私という疑問に対しての疑問への問いであったと思う。彼女は答えを確信したのである。今思うと彼女の中絶は彼女の意思ではなく私に加担した幇助意思に過ぎないと思う。彼女は私との間の結果を残酷な選択として選ぶことで私が戻ることを意識したし且つ私を幇助したと思う。私はそこに愛情を入れる余地はなかったと思う。悲しいことではあったがそれを現実として受け流したと思う。私は彼女を原因だと思ったと思う、すなわち人間の原因であるとである。私は彼女がまた自虐を受け入れてしまったと思った。そのような感覚で生活を送っていた時に急に妙子から「元の旦那の母が亡くなったというので線香程度はと思ってるの。いいでしょ。」と静かに言われたので私は疑問を懐くことなく彼女を元の生活拠点である馬場俊雄の住む家に行くことを許してしまったのである。今になって思うと疑問の序章であったと思う。しばらく経つうちに妙子が頻繁に馬場家に宿泊と言って外出するようになったし妙子が夫である俊雄の命令に従ってることを予見できたが私は単に1人の男として感情を表現して彼女が外泊することを否定することはできなかったのである。その矛盾の根拠は自分が単に妙子の「主治医ー他人ー」の理由を自己に向けて許容するだけで済んだが私はいつもその反論として好きでもないアルコールを飲んでは自己を否定したのでる。その姿を見るのに堪えたのか妙子だけが私が彼女に弟という弱みを与えていないにも関わらず彼女は自ら私を抱いた。私も飢えを意識してか二人は架空の愛情の激しさは日に日に増したと思う。その理由は私には簡単であったと思う。彼女が性欲に飢えた患者と考えれば足りるからである。そこに私は冷静な愛情しか与えていないにも関わらずその架空の愛情の表現が過剰なまでに私の観念を揺さぶる理由とは妙子という女性が私にとって最も自分を愛してくれる女性であったと今になって気が付いたのである。私の卑怯な部分が出たと思う。私は「妙子、俺は現実として妙子を愛することはできる。感情として俺を抱いてくれないか。」という疑問に対して妙子は「私は先生の愛の疑問で十分です」と述べたので私は「形上でいいから結婚してほしい」と言ったところ妙子は「愛情のために結婚は私に負担です」と言ったので私は彼女に「同居人という形で妻になって欲しい」と感情的に言った途端に「それが本心なんですね。」と言って涙を流した。私は彼女が中絶を選択したことを悔いて泣いたと思って釣られて私も自然と涙が出たと思う。「妙子、また新しい子供は作れるよな」と中絶してから間もない妙子に仕打ちの言葉であることを彼女は承知でもなお「貴方の許可があれば産んでも構わない。」と謂った。私は「あべこべだな」と言いつつも妙子は「先生は矛盾が理解できないんですね。」と言った。私はそうかもしれないと思った。私は全てを現実と見做してきたのである。それは私自身も含めてである。そうやって私は自分の中に形を作ってきたのである。全ての現実が理想と思えたのである。私は現実を直視できなかったと思う。そして私は私自身を自己で作ったのである。そこには当然に矛盾が孕むことを私は理解したかは判断がつかないのである。私は現実を偽らざるを得なかったとなれば私に心理的に強制を掛けたのは時間であると思う。私は主体的に時間という罠に落ちてみたのである。私はそこまで追い詰められたと思う。ならば私は10年前の彼女を現実だと思ったに違いないと思った。それも空想だったのかも知れないと思うと過去の彼女が自分を責めた原因も私には特定できたはずであると思うし私は仮定を証明するのではなく過程を結果として受けいれたのであり彼女に対しての証明を行なうのを意図的に忘れたふりをした反動によって私に反省という罪を生み出したと思う。私は事実の過程を越権して自己の感情を否定したと思う。私は現実に晒される必要があると思った。そのためにも妙子の愛情という現実を要求したのか。よって私は企てたのである。私は妙子に「段階を踏んで妙子を認めることでいいか。」と言ったし妙子は「その方が理解を超えると思う。」妙子は続けて「先生、その方が私を現実的にみることができるかと。」と感情的に言われたときに私はその感情を自分に受け入れようと思った。私は「現実を飲み込むことを恐れたのかもしれない。」と言ったときに妙子は「少し前の私ですね。」と言った。私は「旦那さんとは綺麗に」と聞いてみた。「はい、結果を飲んでくれました。」「今度は私の番か」「不安だと思います。が私を受け入れてみては」と謂われて「手段を言っていいか」と謂われて「言わなくても」と謂われたが私は「逃げないで欲しい妙子、私が現実として君を認めるまでは」と謂わざるを得なかった。「事情はわかってます。つもりですが。」と謂われて「分かっていて。」と謂われたとき「先生は私の矛盾を解決してくれた。その先生の努力は真実だと理解できてます。私が治った証拠は先生を愛しなさいという貴方の人格の発露を私が気づいたからです。」「その気付いた立場とは?」と謂われて妙子は「先生には悪いですが環境だけでも維持してくれませんか?私への理解ですが。」私は言葉に詰まったと思う。妙子は「先生には悪いですがその点は私のほうが先生だと思います」「逆転ですか。私は君に教わるのが得策だと思う。」「そうだと思います。事実は曲げられない。私は身を以て理解してますから」とだけ言って彼女の方から私に接近してきたと思う。私は彼女を認めようとしている自分を認めたと思う。彼女はやっと私の感情に帰宅してくれたと思った。よって私は自己の感情から妙子を守るだけで済むと思うことができたと思う。私はもう偽善として妙子を診察と称して愛する必要性はないと思った。そこに私は愛情の拙さを意識したし妙子もそれに気付いているようで私に日常生活の飢えを充たそうと料理から掃除に至るまで毎日の日常生活を義務として熟してくれた。私は「夜だけは義務感を忘れて欲しい」と謂うと妙子は「そういう願望を棄てたほうがいいのでは。」というのであり私は「事実か。」とため息をついた。妙子は「悲しいときはあると思う」と謂われたので私は「それだけ苦しめたか」と謂うと「貴方だけではなく私は他の男性からもね」と優しく付け加えた。「衝撃か。」と謂われたので妙子は「仕方なかった」と謂うのであり「俺もだ」と同調したかったがそれは男としては拒絶するべきであると思うと私は妙に落ち着かなかなった。私は強引に彼女を裸にさせて感情を妙子に吐き出そうと思ったが私は待った。「少し待って欲しいし、もう大丈夫だろ。」と謂われた妙子は「貴方が大丈夫というなら。私はどっちでも」と言った。私は「ごめん、私が整理されていない。」と言ったので妙子は「事実と形は違うのよ」と言って妙子は私の意に反して私に介入してきたし私は現実ー自由ーだと思った。私は人間の感想とは思い込みであると思った。ならば私は観念の事実に従おうと思った。それが私の正常さであるとも思ったし、それが最低限の彼女への倫理の証しであると思えたからであると思う。それを無視した私自身が非道であったと思えた。自分の道を絶つのは簡単であると思ったが他人を巻き添えにはできないとやっと理解したのであると思う。この判断が芽生えたからこそ彼女が戻ってきたと思う。私は妙子の中で狂ったと思った。今まで私が秩序として維持していた性の抑制の箍(たが)が外れたと思う。私は自由は制限されるべき

であるという無用な規範が戻りやしないかと錯覚を覚えた。その錯覚を事実化したのは紛れもなく妙子の示し方であったと思う。私は妙子が示した方向に従順に従ったと思う。そのような感想を打ち砕くだけの現実が二人を相互に誘惑したと思う。私は自己の規範という敵を殺害せざるを得ないという認容態度をその彼女の志向に合わせた方向へ破壊する必要を意識したのである。実現への行程が複雑化したことが妙に私を興奮させたと思う。今思うと私は勘違いしていたと思う。彼女と鎌倉の素直ではない道筋をバスの運転手が見事に捌くのは「慣れる事」にあったのではなく「感覚として無意識的に慣れた」のであり「技術」ではないかと思えたことである。仮に慣れて見事な運転捌きを得たと考えるとバスの運転ー方法ー程つまらないものはないと思う。人間は自然と慣れるがそれを自由に扱うには技術が必要であると思うしその技術という流れの中で勘所を自然と身に着けた部分が素質であると考えるならば巧ー技巧ーは素質であると思った。よって素質は後天的な事実ー経験ーであると思った。私は私が意欲すれば変われると思ったし変わるためには精神科医師を偽る事実を断念した以上においては今度は理解が必要な仕事に就くべきであると思った。私は柔軟性がある仕事と思って今からでも遅くないのであり臨床心理士の勉強を始めようと考えた。私は方法を間違えているのであり臨床心理士の勉強の前提として座学に専念しようと思った。私には落ちついて一定の位置で学ぶという機会がなかったと思う。父親の公務員住宅では私を含め家族が個室を選択するには狭すぎたと思う。今は金銭的余裕と空間的余裕と欲求的余裕があるのであり後はその余裕を自己の「認識空間ー自由ー」とその3つの余裕を重ねることで最大限の学習ができると思った。妙子も反対しななった。「感情的に仕事の勉強したいのでしょ。」と謂われたのでほっとしたと思った。「その意欲もたまには私にも」と顔を赤らみなかがら期待を込めて謂った。妙子に謂われた「臨床心理士って?」と謂われて精神科医としての傲慢を捨てて「患者に一番近いかな。」と言ってみた。「じゃ、理解が必要ね」と謂われたし「達治さんには判断が必要ね」と謂われた。更に「もっと意思を強くしないと」と謂われた。私は「発達障害ではないかと思う。」と独り言を言った。私は「昔から感覚的に他の男と違うとは思った」と謂ったら「そうでしょう、私への興味ー性感帯ーが特殊だわ」と謂われた。私は理解に苦しんだ。それが普通であると意識できたからである。「私は感覚ー志向ーが異なると思う。空間認識ー把握力ーが他人と異なると思う」と言ったところ、妙子は「そうよね、達治は知識が偏ってると思う。」と謂われた。「意固地よね、達治は。」とも言われた。私はやっと気が付いた。「私は感情が偏ってるかもしない。」と言ったところ妙子は「考え方が変わってるから私と会えたのか知れないと思って割り切ったら?」と謂われた。「私は他の分野は基礎しか習っていないが胎児のときに酸素欠乏症じゃなかったのか。」「胎児も過呼吸を?」と妙子は言った。「胎児だろ、胎児のときに誤った規範の方向ー興味ーが決定されたのではないかと思う。」と妙子に謂った。