「虚面の逃避」第4分冊 早乙女裕之

第4編 期待

 私が最後のカルテの整理を終えて病院を後にしたときである。下で待っていたのは三浦君であった。私は「どうしたのかね?」とその寂しそうな顔を惑わず意識して認識した。三浦君の潤んだ瞳を意識したときに私の闇が時間の風化と逆行して蘇った。唐突に三浦君が無邪気に且つ真摯な顔つきで「先生、私は先生のような紳士が好きなんです。どこか私を楽しいところに連れて行ってくれませんか?」と謂われ三浦は「それでは近くの小料理屋で夕食でもどうかね?」と自然と口に出した言葉に満足を覚えるような三浦君ではないことを意識せざるを得なかった。三浦君は急に私の手を取り上げて三浦君自体の下半身に私の手を当てがったのである。三浦君は「先生、なぜか寂しいんです。先生は独身ですよね。そういう目で見ない下さい。私はどこでも行きますが。」と言われて辰野は「少し待っていてくれ。鞄に重要なカルテを入れるのを忘れたもので」と口実がましく階段を上ってクリニックの方向へと足を勧めたのである。私はこの齢になってもまだ女性の機会を放棄するべきか否かを悩んだ挙句において更に階段を下り「いいのかね。私は君と結婚の予定は無いが。一晩の付き合いでもいいのかね?」と私は三浦紀子から学んだことを実践しようと試みたのである。私は三浦君から人間は他人に方向を与えるものであると学んだのであり、恩返しと思って唐突であるが私は三浦君を誘ってみたくなったのである。私は馬鹿丁寧に三浦君に「或るんだろ?」と念のために確認したのである。三浦君は黙ったままであった。私は彼女がまさか処女ではないかという疑問を懐いていたからである。しばらくして三浦君は「私は面接のときから先生が好きでした。先生は?」と謂われた。三浦は彼女に方向を与えるべきだと思い「私も多少であるが君に好意はあるが」と最低限において自分を表現した。すると三浦君は「ね、先生、私にはそういう機会がありませんでした。素敵な夜を今夜私に頂けますか?」と謂われたからには自分も素直になるべきであると意識した私は彼女に方向を与える手段でのみ彼女の要望に答えたくなったのである。すると三浦君は私には近すぎる距離に接近して彼女の方から手を握ってきた。とにかく私は三浦君に方向を与えるためにはと彼女の手を強く握ったところ三浦君が「先生、手ではなくて後で私の体を強く抱いてください」と謂われ私はとある街から離れた旅館に彼女を誘った。私はこの時に人間は言葉で理解できない場合には態度で方向を示すことも許されることを初めて意識できたのである。三浦君はに似すぎていたのであった。私が愛した最後の女性とである。三浦君とは朝方まで愛を確認した。彼女がくれた態度としての愛情に含まれる含意を私は理解できなかったのである。私は確認せざるを得なかった。「三浦君、いや紀子さん、君は私を愛しているのかね、それとも偶然の愛かね?」と尋ねたときに三浦君は「それは先生が決定してくださいね。先生の特権ですから」と謂われた。私は三浦君がいう特権の意味を限定する手段としての「結婚」を意識できたが私は方向を三浦君に示そうと思い三浦君の唇を多少において拝借した。なぜか私はあの女性を三浦君に重ねたような気持ちになった。最後に三浦君のほうから「先生、私を理解できましたか?」と言われて私は「その方向で決定しよう」と言ってしまったが私はその方向に何を含めるべきか考えることを忘却していた。私は三浦君との交際において更に言葉の含む含意をどのように自己が判断してよいかを彼女から信念を知ろうと思った。信念とは単に信じるべきところを念じるわけではく、信じなければならないところー規範ーの念じ方であり規範こそが人格の志向であると思う。翌朝に私は彼女が一度自宅に戻ったことの根拠を三浦君いや紀子さんの雰囲気で意識することができた。彼女の雰囲気は自分を解放していると謂うよりも私の方向へ解放しているような笑顔を私にふんだんに振舞った。朝の振る舞いを紛らわす程度に私は「有難う、ところで君は?今日は君の休日ではなかったか?」と私は疑問に思った。「気兼ねしないでくださいね、昨日を根拠としてですよ。」と紀子は私に言ったので「少しは睡眠はとれたのか?」と謂われた紀子は「えー私はタクシーで帰りましたから。先生は始発ですよね?」と言われて私は気分を収めた。紀子は逆に「先生、今日は馬場さんの診察の日ですよね。自然と耳に入ってくるので馬場さんの理解は多少あると思います。あの方はお姑さんがいましたよね。理由はお姑さんにあるのではないですか?失礼ですが先生はいつも妙子さんを中心に理解されてますが妙子さんの周囲の理解はどうなんでしょうか?私は医師ではないので深くは理解はできませんが。」と謂われた私は今まで患者個人の関心にしか理解が及ばなかったと今になってやっと意識することができた。私はついでに聞いておくのが便宜であると思い「紀子さん、私が思うには馬場さんの問題は馬場さん個人ではないということかな?」と紀子の返答を意図的に促した。「私は先生に問題があると思いますよ、先生は癖だと思いますが『私』という主語がいつも会話から消えていますが先生は御自分のこと好きではないのですか?」と言われて私は理解できた。この10年の間に私は他人との会話や患者との会話において自分を押し殺してきたことをである。私自身を否定した心を通過した言葉が無意味であることを理解したのである。私は「今まで私は他人を評価し過ぎたと思う。有難う紀子さんやっと私は自分を対象と考えるべきことが理解できたと思う。私は患者さんを今まで対象と理解していたのかもしれない。馬場さんを一人の人間として女性として妻として理解することを忘れたと思う。勘違いしないでほしいと思う。昨日は君を個人として誘ったわけで理解で君を誘ったわけではないよ。」紀子は機転の利く女性であり「先生わかってます、私はいいんです。私が先生を個人として誘うことができたので。私を示すことはできたと思います。」と言われて私は事実として紀子さんと出逢ったと思った。後は私が彼女を評価するべきであると思ったので「私は君を拘束するつもりはないが理解できる関係を継続しようと思っているが君はどうかね?」と謂われた紀子は無邪気に「先生はどの程度お考えですか?」と謂われたので「君の程度で構わないが」と言ったところで紀子が急に笑い出した。「だから先生、先生には私がないですよ。」と謂われて「そうだったね、私が特権をもっていたんだね。」と謂われた紀子は急にあどけなく笑ったかと思うと「先生は昨日も今日も同じ先生ですね。私はそういう先生の安定した性格が紳士的だなと思ったんですよ。」と謂われて私は「自分では秩序を維持していないように思えるのであるがね。」と紀子にふったところ「先生はきちんと昨日は秩序がありましたよ、私は初めてその秩序を知りました」と謂われたので私は「今までの彼氏はそんな態度で君を扱ったというのかね?」と謂われた紀子は逆に惚れ惚れして「先生はきちんとありますよ後は先生次第だと思いますよ。」と謂われて私は今まで他人に秩序を要求してこなかったような感覚に襲われた。「私は今まで他人から指図されるのを避けるように生きてきたと思うしだから言って個人でもないんだ。私は他人に要求することが苦手だと思う。」と聞いた紀子は「じゃ、先生は私と患者さんにだけ要求すればいいんじゃないですか?」と言われて私はやっと意識することができたと思う。私は患者である馬場妙子に「私に矛盾を下さい」という意味が何を意味するのかに重点を置いてきたはずであり妙子に対して「矛盾の意味」を尋ねたことがないことにやっと気づけたと思う。「じゃあ君との交際を私は君に要求しよう。」と言われて二重に紀子は笑い出した。「先生、しつこいかもしれませんが、昨日、私は先生に特権を与えたんでよ、そしてさっきも私に要求してくださいと言いましたよね、そうしてください。」とまるで私の妻になったような感覚で紀子は私に促した。「ではそうさせてもらおうか。事実が続くまで私と交際しないか?」と謂われて紀子はまた笑い出した。「先生の悪い部分は話が抽象的だからですよ。私には気兼ねしないでくださいといいましたよね、先生。」と謂われて私は今日の午後に来院予定の馬場妙子に対してもっと具体的な話をしようと思った。私が考えていた時に「先生、ところで私は何をすればいいですか?」と言われて私は紀子さんとの会話が継続している事実を理解できたと思うし私は継続した事実からしか理解が得られないことをやっと意識できたと思った。急に私はあの女性に対して自分はどのような「継続した事実」を与えることが可能で有ったかを今になって気がついた。何と不憫な思いをさせたと私は心に感じたしその彼女に対しての不憫な思いをさせてしまった罰が私を苦しめたのではなかかったのではないかと感づいた。「ところで紀子君、今日は看護師としての仕事ではなく私の妻代わりになって私の部屋の掃除をお願いできないであろうか?相当なごみの量であるが君なら安心できる。」と謂われた紀子は小悪魔的に「先生、掃除が終わったら先生のお部屋の鍵のスペアを作っていいですか?」と謂われたので私は心から「紀子君、なくすといけないから買えるだけ買っておいたほうがいいぞ。」と言われて紀子は「では先生、先生が言うように私が先生の部屋に行く回数分の鍵を買いますね。先生・・・私が何本くらい鍵を買うと予想していますか」と言われて私は「そうだな、やはり1本もあればいいんじゃないか?」と言われて紀子は嬉しかった様子で「一緒に住んでいいってことですね。」と言い、そして立て続けに「まず身支度を整えてから先生の部屋に伺って掃除をしてお食事も作っておきますね。」と言われて私は「帰るときはどうするのかね、スペアの鍵は?」と謂われた紀子は「先生が1本って要求したんですよ。じゃあ、帰らないでいいってことじゃないでしょうか?」と謂われて「君の勝手にしたまえ」と謂われた紀子は「それも要求でしょうか?」と切り替えされたので私は「私が理解しているところー心理ーではそういう意味だよ」と言ってみた。心理とは事実を事実として「否定するところー虚無ー」の人格の志向としての評価であると思う。よって人間の心理とは無限であると思う。結果として私は彼女を把握した。私は場違いかも知れないと思いつつ「今日の筑前煮の味付けは君のか?」と彼女の枕元に意図的に尋ねてみたが三浦君は気怠い様子で「味付けも私のです」と謂われて「そうだよな、君がすべて作ったんだよな。」というと三浦君は「先生は場がよめないですか?ここは仕事場ではないので紀子でいいのでは?」と謂われてみて「君でいいのでは?」と謂うと「あと、先生の悪い点は忘れがちですよ、私は面接のときに言いましたが。」と謂われて気が付いた。「先生は感情が苦手ですか。」と謂われたので私は咄嗟に言葉が出なかった。「先生は確認しましたよね、今?」と謂われて気まずくなった。恥ずかしげもなく三浦君は「私は拡げました。筑前煮の味だけですか。感想は。」と謂われて気まずくなってきた。「早すぎたかね。」と尋ねたが三浦君は「時間の問題ですか感情は。私は違うと思います。先生は逃げるところがありますね。恥ずかしいですけど私のはどうでしたか?」と謂われて私は面食らった。「そういう問題ではないと思う。私は君が好きだから、そうしたが。まずいことをしたかね。」と謂われて紀子君は「先生は誘導しないとだめですか。今の話の流れですと先生は私が好きなようですが。」と謂われて「旅館では謂わなかったかな。」と尋ねると「私思いますよ、先生は言葉を噛まないところがあるのでは。」と謂われた。私はそれを聞いて紀子君に「何か会話をしないか。」というと紀子君は「今も会話ですが。」と謂われて意味が理解できたのは紀子君であったし「先生は私的な話においても自分がないですね。」とも付け加えた。紀子君は「会話の内容は何でも構わないですがそこにご自分の意見はあると思ってますか。」と謂われて私は「噛み合わないかね。」と尋ねてみた。紀子君は「先生は優すぎるのではないでしょうか。私は今さっき私の中で先生が配慮したから噛み合ったと思いますが。」「それは別に構わないが。把握か。」とぼんやりと私は呟いた。「把握の方法を教えましょうか。」と謂いったとき彼女は再び顕わにした。私は気が付いたので「愛情だけはだめなのか。」と紀子君に伝えたところ「私でまた確認しますか。」と謂われたので私はやっと気が付いた。「意思ではなく意欲だね。」と紀子君に尋ねると「先生は意欲と感情が別だと考えていますね。先生は意思止まりですね。私が言うのも何ですが先生は意識したほうがいいと思います。先生導いてくれますかー予言ー。」と謂われて初めて私は自分から紀子君を抱きしめた。予言とは人間の恐怖を逆手に取った「ところー意欲ー」の対象の評価であると思う。人間は理解において事実を深め疑問へと落ちていく場合があると思う。人間には意思があるが意思とは無限であり人間はその身秩序な言葉の乱暴さによって時に他人を苦しめることになるのであると思う。私はこれが自由の盲点であると思う。人間とは安易な方向へと陥ることに不安を意識しないのであり、その意識が呪縛となる場合もあるのである。人間の意識を困難にするのは人間の感情の鈍麻である。私は悲しいことだと思う。人間がその意思によって自らの感情を無価値とすることをである。やっと辰野は三浦紀子の愛情の中からその端緒を理解できたと思う。彼女が「先生導いてくれますか。」という言葉の切っ掛けに彼女の優しさと愛情の深さを辰野が意識したかは理解できないが、しかし辰野は少しづつであるが過去の女性からの呪縛から解放されてきたことは確かであると思う。彼が自分から三浦紀子を抱きしめたという事実から彼が意識の自我にやっと気づいた可能性があると思うのである。辰野には否定し難いところの自虐なまでな気苦労としか判断できない配慮を認めることできるがそれが辰野の欠点であり私は多少において辰野は肩の力を遠慮なく三浦紀子に負担ー要求ーとして与えるべきであると思う。そこー無駄ーに私は疑問を意識するのであり、その疑問もまた辰野がいかに三浦紀子と患者の馬場妙子の中から何かを獲得するべきであると思う。特に三浦紀子は進んで辰野に特権を与えたからには、それを無下に否定する根拠もないであろうと思う。彼は根拠を嫌うのである。私はそれを知っていると思う。彼の恐怖は根拠を否定されることが彼自身の否定に繋がるのではないかという影としての畏怖なのであると思う。私は経験から知ってるのであり人間は事実を肯定できない場合には一定において矛盾を隠す必要があるのであると思う。それには自己に対しての根拠が必要となるのであると思う。彼は気付いていると思う、根拠の重要性をである。その根拠という原因を辰野は自分に呪ったと思う。彼自身が過去の女性を根拠と意識しているのであると思う。その結果として辰野は過去の女性に忠誠を誓ってしまったと思う。私は偶然の事故だったと思うし辰野がそれー事故ーを意図的に必然へと思いこんだ理由を辰野の配慮に垣間見ることができると思う。私は経験からして辰野が根拠に正義を認めるには最終的に彼がどこで折り合いを付けるべきかという妥協という感情しかないと思うのである。妥協という感情からしか人間は自己との同意が不可能な場合が多いのであると思う。彼にはそれができるー理解ーと思うのである。理解とは判断認識における空間意識が許容するところ「ー意欲ー」の対象の評価であると思う。私は彼女に「有難う」と謂えたと思う。紀子は「三度目の正直っていうんですよね、先生?」と確認するように紀子は私を見つめた。紀子は「先生は権利として感情を受け入れたのを気がついていますか?」と尋ねるのであり私は「紀子でいいのか?」と謂うので「慎重ですね、先生の持ち味だと思います。疑問を肯定するべきです、私と同時にですよ。」私はそういう紀子に初めて言葉で悪戯をしたい欲求に駆られた。「じゃあ私は命令しようかな?」と紀子に進言した。紀子は「いいですよ、先生、私を飽きませんか?」と謂うので「私は今回に限って我慢するよ。」と言ったところ紀子は「先生、初めて『私」っていったね。」と紀子の口調も母親から恋人へと変わったことを意識できた。私は「これで紀子と対等だと思う。」と言ったところ紀子は「先生、私、我慢しないわよ。」と謂われて私は「紀子、庇ってくれて有難う。」と紀子は謂われたので「どうしてそう思うの?」と神妙に尋ねるので私は恥ずかしいとは思いつつ「私は紀子、君を愛したし愛するべきだと思う。」と言ったので紀子は「先生、抽象的過ぎるので私は理解できません。」と断固として拒否した。私は自分も頑固に為ろうとした。「紀子、紀子は私が幸せにしたい。」と答えた私に向かって「仕方ないと思う。私は既に貴方に特権を与えたし。」と言葉の裏の諦めと感情の表の愛情という二重の感情を紀子が示したと意識できたので私は紀子に根拠を付与しようと「私は紀子と真実の中に認めるから一緒いよう。」と謂われたので紀子は私に「先生やっと認めたね、貴方の根拠を。達治さん。」私は自分から「私は麦酒を飲むが一緒に飲もう。」と謂ったので「私も喉が渇いたし飲みたかっよ。」とだけ言ったし初めて逆に質問されなかったと思う。私は「麒麟麦酒が上手いと思う。私が飲み慣れているからだと思うよ。」と紀子に言ったところ「達治さんは麒麟みたいね。理想が強いのよ。」と謂われたが私は黙ることも相手に方向を与えると思ったので二人で数本だと思う、夜更けまで麦酒の味を堪能できたし肴も必要なかったと思う、彼女との他愛のない楽しみの連続が私を酔わせるには十分であったと思う。その中で偶然にも患者の馬場妙子の話題が出たのである。私は「馬場さんはこういう楽しみを御主人と楽しんでいないんじゃないかと思う。彼女は自分に疑問を抱いていると思う。『私に矛盾を下さい』と謂うのは『私が矛盾の根拠なんです』ということを錯覚してると思う。紀子が言うように家族の問題に踏み込む予定だ。紀子が言った通りに。」と紀子に言ったところ「達治さん、論理的だと思う。私、思うんだけど家族って結局他人なんだよね。」と紀子の口から初めて本音がでたと思う。私は「じゃあ、ご両親に挨拶に行く必要もないか。」と謂われて「私結婚式もいらない。形だけでも済まさない?」と謂う紀子は他人ではないと思えた。私は余りにも早いと思ったので「私は簡単じゃないと思う。でも紀子は時間の問題ではないと前にいったな。ならば俺と事実を作ろう。」と謂われた紀子は「達治、どう感じてる?」と謂うので私は「紀子を愛してる。それが俺の真実だー判断ー。」とだけ言った。私は判断とは意識が為す「ところー意欲ー」の対象の評価であると思う。と謂うのも私は単に紀子が面接のときに述べた「先生?逃げませんよね?」という「ことばー判断ー」の裏に隠れた紀子の事情を例え無意識的に考慮してしまったするならば、それはそれで構わないと思えたのである。なぜならば私も彼女に対して二重の事実を隠匿しているからであると思う。私は思う、紀子の背後に誰かが仕組んだ罠ー不信感ーとしての愛情を与えた第三者ー彼女の悲しみーの存在である。私は十二分に感情を処理し切れていないことと反比例的に疑問が募るような気がするのである。私と「一回り」近く年齢の離れた紀子は私ではなく私という立場に紳士性を認めたとするならば私は女性を二度において裏切ることになるのではないかという疑問である。私は自分の感情を都合で除することー辻褄ーも感情の一部ではないかと思うようになったのも私が紀子を事実として認めたことになりはしなかと思うときに私は二重の事実を封印しようと思った。