高校生校門圧死事件から22年 忘れてはいけない事 | 啖月会館MAXIMUM

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 時世事(仮)。
 1990年7月6日、神戸のとある県立高校にて、遅刻取締りを目的とした門限時の校門(200kgを越える鉄の門)閉鎖により、当時15歳の生徒が頭を強く挟まれ死亡するという痛ましい事件が発生しました。(詳細コチラ

 世代的に亡くなった生徒さんと近い環境であった事(簡単に言えば『学生であった』と言うこと)もあって、事件当時受けた衝撃は計り知れませんでしたし、
『遅刻により、なぜ人が死ななければならなかったのか。』
『教師・学校側の落ち度は?』

といった事についての考えが頭を巡りました。

 事件発生から22年経過した現在、今もって
『人一人が事故死したという痛ましい事実を忘れてはいけない』
と思うと同時に、
“正義とされている事”は往々にして人の判断力を奪い、その正義側に立つ者は時として自己の行動の是非を判断することなく暴走する』
と感じています。
 そしてその事を、自分の意思で犯す罪よりもより重い罪としても捉えています(例外はありますが)

 発達した大脳を有するようになり新しい地平を切り開く権利を得た人間は、反面従うべき本能を見失ったために、誤った選択のうえ自分たちだけでなく周囲の生物や環境に迷惑をかけるようにもなりました。
 自分たちそして周りの仲間たちの尊厳も守り保つため、我々は判断ののち進む先を選ぶ事を常の責務として抱えていると思います(その責務と新しい地平を切り開く権利はセットになった両輪であり、それが出来ない・あるいはそれを放棄するというのであれば先に歩を進めてはいけないんじゃないかなと考えます)
 校門を閉めて生徒を死に至らしめた直接の加害者である元教師は、のちに著書を綴り、その中で
『自分は職務に従っただけで悪いのは校門閉鎖といった遅刻対策を施した学校』
といった弁明を行なっているそうですが、
『反省の色がない・責任を逃れようとしている』
と感じる以前に、先に述べた自分の考えからして、職務だからとどのような事態を引き起こす可能性があるのか想像することもなく校門を閉め続けてきた元教師の行為自体が被害者の命への冒涜であり、本人も含めた人間や生命への冒涜だと感じ、許し難いです。
(この辺りは教祖の指示に従って凶行に走り続けたオウム信者に対しても同じように考えています。自分の意志も持たずに流された罪は厳しく裁かれるべき。)

 元教師の方が今現在どのような考えをお持ちになっているかは分かりませんが、願わくば自分の行なった事と真摯に向き合い、そのうえで反省されている事を願うばかりです。
 
 事件から22年目の今日を迎えるにあたり、被害者のご冥福を改めてお祈りするとともに、生きるに臨み“人として”判断し続けて生きていきたい、と感じた次第です。