『少年雀鬼‐東‐』が好きでした ~中島徹さんの逝去から半年 | 啖月会館MAXIMUM

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 漫画家の中島徹さんが2011年3月26日にお亡くなりになられて、半年が経ちました。
 ビッグコミックオリジナルで二十年近くに渡り『玄人のひとりごと』なる“麻雀をベースにしたウンチクギャグ作品”を連載されていたのですが、2010年春先から体調を崩されて休載、長い闘病生活を送られるも帰らぬ人となられました。
(『玄人のひとりごと』も未完作に。)
 休載中、新しいオリジナルが出るたび真っ先に目次を確認し、欄外の『病気加療のため休載』の文字を見て
「今号もまだ復帰されていなかった。早く良くなって帰ってきてほしい・・・」
と思う日々を過ごしてました。

 そんな中、4月頭に訃報を目にした時はただただ残念で仕方なく、すぐにでも哀悼の意を表したかったのですが、東日本大震災発生からひと月も経っていない時期で「こういう状況の中、個人の訃報について語るのはどんなものだろうか」と考え、やむなく触れずに通してきました。
 お亡くなりになられて半年経ち、自分の中での区切りも一段落つきましたので、哀悼の意を表すべく今日この日に日記に取り上げさせて頂きました。

 中島先生、お疲れ様でした。
 先生の手による『少年雀鬼-東-』によって、“麻雀の世界”へ楽しく入門することが出来たのは、恵まれた経験だと感じています。

 その後の作品も楽しく拝見させていただきました。
 『玄人のひとりごと』の続きが読めなくなったことは非常に無念でありますが、そちらの世界に置かれましても
「フッ、ど素人が…」
の呟きのもと、毎年末恒例の世相を振り返った麻雀に勤しんでください。
 謹んでご冥福をお祈りすると共に、感謝の気持ちを表したいと思います。
 ありがとうございました。


 中島先生の訃報が流れた時、某掲示板でもニュース速報+にスレッドが立ち、たくさんの方が早すぎる死を悼んでらっしゃいました。
 が、結構多くの人が『“玄人のひとりごと”の病気加療による休載』ということを知らず、「いつの間に終わったんだろうと思ってた」なんて書き込みなぞあったのには、しょんぼりしたものでした。
(あと、コチラの記事で触れていた『とある作家さん』=中島徹さんのことでした。)


玄人のひとりごと 南倍南勝負録 ビッグコミックススペシャル/中島 徹
 麻雀のみならず、何事にも一家言然として「フッ、ド素人が…」のひと言で切りまくる自称プロ雀士の南倍南(みなみばいあん)が、カッコつけながらもマヌケな様を晒してしまう一話完結のギャグ漫画。
 麻雀漫画史上最長連載作品として、『金魚屋古書店』でも紹介されました。
 毎年末、世相に合わせた駄洒落混じりの手で和了を作ってその年を振り返る話が好評でした。

少年雀鬼東 1 (少年サンデーコミックス)/中島 徹
少年雀鬼東1巻
 東を槓すれば必ず役満を和了する激強少年雀鬼、その名も東槓。彼の快進撃を描いた麻雀ギャグ漫画でした。
 話が進行するに、一筋縄ではいかない敵が続出。それにともない手役も既存のものからかけ離れたものが。
※他人の発の槓を借りて、3の数字牌の三色同刻を絡めた「はつかり3号」(役満扱いだ)とかありました。一番好きなのは一筒二枚で成立する「フランクフルトソーセージ」(勿論、役満扱いだw)でした。

 上記『玄人のひとりごと』の南倍南も、元をたどれば東の敵役で、スピンオフにて主人公になったんですよ。それがご自身最長連載になるとは中島先生も予想外のことだったかと思います。
(今回だけは禁を破って、ネットで拾った画像で作品紹介です。)