自分の日記を読み直す派 | 啖月会館MAXIMUM

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帰ってきた啖月会館です。
「ことば」について色々な角度から眺めつつ、
漫画・映画・時事ネタ・雑学ネタ等に走ります。

 時折、自分の日記を読み直します。
 更新時には気が付かなかった
『てにをはの使い方や句読点の位置等の間違い』
『誤字や脱字』
なんて技術的なチェックは当然なんですが、
『昔と現在の自分の思考の変化を見つめるため』
というのが主な目的です。

 『世の中に物申す』的な内容の記事を多少なりとも挙げてる手前、ブレた主張は避けたいというのは至極普通の気持ちだと考えるわけで、そういう事がないよう、仮にあったとして、どんな変化があったのかを把握し、もしそれが色々な経験から得た結果での変化なら、きちんと説明できるよう(説明できずとも自分の中での納得を得るよう)にするため、読み直しています。

 今のところ、変節漢呼ばわりされるような思考の飛び散りはしてないみたいです。
(というより、元々『それもありかな』的に事象への許容範囲が広いようなんで“こないだと180度言ってることが違う”って事が起こりにくいだけなんだろうなと思います。)

 まあ若い頃、『物事を積み重ねる大切さ』に気付かず、無為に過ごしてきたので、その反省として、せめて書き綴ることには系統的一貫性持たせたいと思っての行動です。
 テーマは飛び散ってますけどね。


 こういう過去の自分との折り合いについて考えると、高橋留美子さんの『めぞん一刻』を思い出します。
 正確な台詞等は覚えてませんが、亡くなった前夫・惣一郎さんに心を残してる響子さんが次第に五代くんに惹かれつつも、
『もし五代くんに心が傾いてしまったら、惣一郎さんを好きだった頃の自分が全部嘘になり、総一朗さんへの想いも全部嘘になるんじゃなかろうか』
という想いに囚われ、自身を追い詰めるエピソード。
 言葉として言い表せないけど、凄く共感してしまって、その後しばらく(たぶん今も)、自分の恋愛観・人生観に大きく影響を与えていると確信するエピソードでした。
 このエピソードの影響あっての思考・着眼点に対する立ち返り・振り返りなのだろうな、とも思っています。

※最終的に五代くんと響子さんは結婚するわけで、そんな流れの中で
『その時その時に“真実”が存在し、その頃と比較して現在に変化があったとしても、決して過去の自分が嘘になるわけじゃない』
的な話があったかと。
(これはうろ覚えだし、もしかすると別作品だったり、ともすれば、自分が得た経験則だったりするかも)
 それがあって、『過去と現在の自分の変化に固執しつつも、許容も出来る自分』が存在しているし、また他人に対しても同様に振る舞えるとも思ったりしています。