失語症の夫:退院後の日記

失語症の夫:退院後の日記

T子です。
2024年5月、60代前半の夫が脳出血で手術・入院。
四肢麻痺なし、感覚性失語の後遺症。
このブログは、夫が退院後、ほぼ毎日、iPadで記した日記を、本人了解のもと、妻のT子が掲載します。

この頃の覚書き

金沢21世紀美術館で、4月末からの新しい展覧会:積層する時間(この世界を描くこと)という絵画中心の展覧会が始まるにあたり、その出展作家:淺井裕介さんの大きな壁画作品の作品製作ボランティアに、夫と二人で応募しました。

 絵画経験は全くない私たちでしたが、ボランティア募集にあたって、夫が失語症であること、1日通しの活動は難しい、グループ分けがあるときは、夫婦一緒にお願いしたい、などを備考欄に書かせていただきました。

 実は、夫が脳出血を発症する直前、2024年5月、能登半島地震の影響でゴールデンウィークも美術館は休館中。夫を誘って金津創作の森の淺井裕介さんの個展を見に行ったのが、二人の最後のドライブだったんです。その淺井裕介さんが金沢に来て製作されるという、その作品ボランティア、二人で参加したい!!と手を挙げました。

 

淺井裕介さんはアーティストとしては決して妥協はされない方でした。

同時に、どんな「ど素人」であっても、障害がある人であっても、「その人ができることを最大限に受け入れる」という懐の広い作家さんでした。だから、結構厳しめなんですが、でも、同時に温かい方です。

 

地震・洪水で地面が大きく動き、人の生活は、大地という大きな存在に対して本当に小さい。それを知った「能登の土・石川県の土」を使って、泥絵の具として壁画を描いていきます。

夫は最初は「何をしてるかようわからん」と思いながらの参加でした。

 

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4月2日

てまりに行った。

T先生と話をした。

今日は、寒い。

テレビで、ミャンマーの地震のため、

家が壊れて大変だった。

 

 

4月3日

てまりに行った。

今日も冷たい。

生協(セイキョウ)の箱(はこ)を入れた。

T子は、前から、少し、風邪(カゼ)がある。

 

4月4日

T先生と話をした。

私のお母さんがまだわからないことや、

川西市立総合医療センターの話などの、

ことについて、話を聞いてくれた。

T先生はそういう話に詳し(くわしかった)かった。

マルエーでとうふをかった。

 

 

4月5日

今日は少し寒いが天気がいい。桜がキレイだった。

自分でバスで行って(いって)21世紀美術館(びじゅつかん)に、

行った。

帰りは自分で歩いて戻った。

4月5日に妹と、お母さんとの

話をした。

 

4月6日

今日、テレビ(てれび)で、将棋(ショウギ)を)など4月から新しい人が

入ってくる。藤井(フジイ)聡太(そうた)は、

まだで、羽生(ハブ)先生も、

違う人だった。

今日は、寒く、雨にもなり、

少し 晴れにもなって、ややこしかった。

 

4月7日

今日は、21世紀美術館(びじゅつかん)に

歩いて行った。桜を見ててキレイだった。

ボランティアで壁に(カベ)泥(どろ)で

絵を手伝い(てつだい)をした。

初めてのことだった。初めてやったので、

よくわからないが、面白かった。

 

4月8日◎

朝は、寒くなってきた。

T先生と話をした。

コロラドのフォートコリンズに行ったので、

高地(コウチ)トレーニングの話をした。

今日は、雨にもなってきた。

 

4月9日

少し寒かった。

てまりに行った。

T先生と話をした。

いい天気になってきたので、歩いて行った。

 

4月10日◎

朝はそれほど寒くなかった。

てまりに行った。

帰る時には、雨になったので、

歩くことはできなかった。

生協(セイキョウ)の箱(はこ)を入れた。