あの頃と違う場所で、今と同じような行動をしていたら、
もし、僕自身が、この場所に居場所にいなかったら。
この僕が違う土地にいて、もしかしたらこのブログを読んでくれている、そこのキミの近い存在にいたとしたら。
その場合の僕は、今現在、キミが思っている僕であっただろうか?
もしかしたら、僕はキミと仲が悪いのかもしれない。
もしかしたら、僕はキミと仲がとてもよかったのかもしれない。
もし、僕自身が完璧人間だとしたら。
「ロボット」だと言われ、妬まれ、今まで僕の周りにいた人たちはいるのだろうか?
もし、あの子と僕が入れ替わったとすると、誰が分かるだろうか?
「あの子は、本当はこんな子だったんだ・・・・」
と、思うだけで終わっていたんじゃないのかもしれない。
そう考えるとさ、今が嫌な存在だ時間だと思っていても、
少しは良く思えるんじゃないかな?
奇跡が奇跡を重ねて、今を現在をこの瞬間を作っていくんだ。
寄り道をしながら、僕等は周りの近くの人々と友達とクラスメイトと先生と先輩と後輩に、
出逢えたからこそ、今の自分があるんじゃないかな?
と、僕は思うんだ。
僕自身だって、「死にたい」と思ったことは、正直何十回もある。
その言葉を、友達の口から実際聞いたこともある。
全てが嫌になるときだってある。
それさえ耐えきれなくなって、自分自身の命を奇跡を犠牲にして、終わって行く人だっている。
小さなニュースで流れる、他人の不幸。他人の幸福。
それは、誰かにちょっとした影響を与えるはずだと思う。
自分自身のちょっとした行動が、誰かの未来を変えていく可能性だって秘めているんだ。
「そんなことはない」
なんて、誰かが呟くかもしれない。
そんなのただの言い訳だ。
言い訳じゃないかもしれない。
自分自身には奇跡も未来を変えていく可能性だって秘めてない。
そんなことを思うなんて、思い違いだ。
思い違いが重なって、大きな支障となるんだ。
勘違いとなって、大きく変える。
例えば、今まで仲良しだった2人がいるとする。
1人の子が、何気なしに行った言葉がもう1人の子を傷つける。
そして、勘違いをするんだ。
「友達だと思っていたのは、勘違いだったんだ」
ってね。
それが、小さな思い違いが、全てを狂わすんだ。
勘違いで。
・・・・・・・・・と、まぁ。
何を言っているのかわからない言葉をひたすらに並べて、何がしたいのか自分自身ですらわかっていない・・・・・・。
この言葉が、誰かの未来を心を少しでも動かすことが出来るならば、それはそれはいい話。
ハッピーエンド。
でも、僕は「ハッピーエンド」を望まない主義なんで。
主義なのかは理解不能だけど(笑)
いや~
何を考えているんだ?と、思う人もいるかもしれないけどさ。
それほど、暇なんだよ。
暇過ぎて、眠過ぎて、こんな考えをするんだよ・・・・。
最近睡眠不足で酷いわ。
嗚呼、今日は早く寝る(つもり)わ。