ミャンマーに住み始めて、10日が経った。首都、というと都会のイメージを持たれるかもしれないが、ここネピードーは一般的な首都のイメージとはあまりにもかけ離れている。東京の夜が無数の光でチカチカしているなら、ネピードーの夜は同じくらい無数の星が夜空で輝いている、とでも言ったら、どんなところか、少し想像しやすいだろうか。

 

こんなにもかけ離れた環境に来たのだから当然と言えば当然だが、生活スタイルは180°変わった。夜、おなかがすいたら歩いて3分のコンビニに夕涼みがてらプリンを買いに、なんてことは当然考えられない。朝ごはんを食べるためのレストランに行くのに徒歩で片道30分はかかるようなところなのだ。必然的に早寝早起き生活になる。私のことを知っている人なら、どれだけ私が朝に弱いか、嫌というほど知っていると思う(開き直っているわけではありません、たくさん迷惑かけてごめんなさい)。

そんな私が毎朝狂うことなく6時半には起きだして桶に水をため、洗濯をし(もちろん洗濯機などない)、掃き掃除を始めるところから一日を始めているのだ。仏教国に来て出家してしまったのではないか、と思われるかもしれないが、決してそういうわけでもない。相変わらず、私の心は邪心で満ち溢れている。先日、ミャンマーの大事な祝日に金ぴかに輝く仏塔に連れて行ってもらったのだが、金ぴかに輝く仏様を目の前に、目を閉じたときに真っ先に思ったのは、

「こうして目を閉じている間に誰かに自分のバックを取られないだろうか」

だった。こっそり目を開けて自分のバックを引き寄せたのを、ピカピカ光った仏様は微笑みながら見ていた。こんなチンケな人間の一人くらい、偉大な仏様だもん、簡単に守ってくれるだろう、と思ってしまうくらいには私はチンケな人間である。

 

だから、早朝から掃き掃除をして一日を始めるのは、修行僧になりたいわけではない。高校の三年間、掃除の時間になるとどこかにすっと隠れ、でもいつも決まって先生に見つかり、ごみ捨てに行かされる、ごみ捨てに行きながら誰かと話が止まらなくなり、なかなか帰らない私のせいでクラスの掃除もなかなか終わらず、また怒られる、ということを毎日し続けた私が、掃き掃除を毎朝しなければならないのは、掃いても掃いても大量の虫の死骸と糞が部屋のいたるところにたまってしまうからなのだ。ミャンマーに来て、生野菜がなかなか食べられず、便秘がちな私の目の前で、彼らは羨ましくなるほど、ものすごい勢いでうんちを落としていく。怒りを通り越して、「うわあ、みんな今日も元気に生きてるんだなあ」という感動すら覚える。そうかと思えばひっくり返って固くなったゴキブリ、カエル、カミキリムシに遭遇する。すこしでも放置すればそこには大量の蟻がたかって黒く蠢く床が表れる。こんな、なまなましく生と死が入り混じった世界をたったひとつの部屋の中で毎朝目撃できるのは、なかなか新鮮な体験だ。

 

 

なんて言ってみたものの、実は、少し強がっている。本音を言えば10日目にして既に

「もうコリゴリだ。体中ダニにかまれ、虫の死骸を掃除し、自分のうんちは出ないのに誰かのうんちを始末し、大量の蟻と格闘しながら私はこんなところで何をしているのだろうか。京都でおしゃれなカフェでまったり読書しながらインスタグッドのような日々を送りたい」と毎日のように思う。

 

それでも、金ぴかの仏様がもし動いたり話したりしたらこんな感じなんじゃないかと思うほどには優しいミャンマーの人達に助けられ、癒されているから、なんとか生きていけている。

 

ああ、今日も明日も明後日も、たぶん私は強がり続けるんだろうなあ。