気を引き締めてきっちり警戒しつつ、待ち合わせ場所の駅前のマックに向かう。例えば、彼が脅迫めいた事を口にしたなら、強気で断ってしまえと思ってる。
そして、かなり緊張して、マックの二階席へと到着したのだが。
「羽柴せんぱーい!こっちこっち」
屈託ない笑みを浮かべ、既に窓際の席に座っていた佐原が俺を手招いた。
ちょっと出鼻を挫かれそうな歓迎ぶりだ。
「悪いな、時間とらせて。ほら、学校だと誰が聞いてるか分かんねーしさ。俺にとっては、ある意味カミングアウトな訳だし。・・・・・・あ、そうそう。俺、うっかりしてこれ返してなかったんだよな。ごめんごめん」
明るく言って、佐原はポケットから指輪を取り出した。
ハイ、と渡され、少々面食らいつつ受け取る。
警戒―――してたんだけど、ちょっと拍子抜けしてしまう。
やっぱり佐原って、悪いヤツじゃないみたい?
「何か食う?俺、買って来るよ。待ってて」
「・・・・・・あ、じゃあ、チーズバーガーのセット。コーラで」
分かった、と彼は階段を駆け降りていき、あっという間にトレイを手に戻って来た。トレイには、チーズバーガーセットが二つ載っている。
「はい、どーぞ。一つは俺のね」
気さくに言って、彼は向かいに腰を下ろした。
「んじゃ、手短に言うけど。・・・・・・俺さ、実言うと、女の子駄目なんだ」
「は・・・?」
一瞬、頭の中が真っ白になった。
(今―――何て言った?女の子が駄目?それって、男はOKって事?何でそれを俺に言う訳?まさかコイツ、俺と春樹の関係にも気付いてんのか?屈託なくあっけらかんとしてるけど、実はすげー悪党でこれから俺を強請るつもりとか?)
口に出して訊けないそんな疑問が、ぐるぐる騒ぎ出す。
この場合、俺からは何も言わない方がいいんだろうか。
彼の出方を待つべき?っていうか、俺と春樹の事はともかく、彼が女の子に興味がないとかいうのは彼にとってもあまり大きな声で言えないんだよな?だとしたら痛み分け?
「・・・・・・ごめん、驚かせて。女の子が駄目って言っても、じゃあ男なら何でもいいって言う訳じゃないから安心して?」
(い、今のはどういう意味だろう。俺は、佐原の好みじゃないって意味?安心しろっていうのは、そういう事だよな?いや、だからさ、何でそういう事をわざわざ俺に言うの?)
「今、俺フリーで決まった相手がいないんだ。だからこういう事頼める相手もいなくて、下手なヤツに打ち明けると、学校でバーッと広まったりするじゃん?卒業までまだ一年あるし、居辛くなるのは困るんだ」
「それ・・・って・・・」
「羽柴先輩なら喋らないだろうなって、信用して言ってんの」
(あ、ちょっと今、大きな釘を刺された気分。口止めされたんだよな?今のは)
「そりゃ・・・・・・喋らないけど。何で・・・」
「何となく。信用できそうなヤツだなって、思ったんだ。それに、変に茶化したりせずにちゃんと話聞いてくれそうな感じ?」
買い被りだよ、と言いたいけれど、そういう評価は正直嬉しい。
誰だって、“お前は信用できない” と言われるよりは “信用出来そう” って言われる方が嬉しいじゃん?
「・・・・・・気が付いたら、そうでさ。他人には言えないし、勿論親にも言えないし、そうそう同じ嗜好のヤツもいないしね」
あっけらかんとした彼の笑みが、一瞬ふっと苦いものになる。
俺に話すって言うのは、やっぱり本能的に似た何かを嗅ぎつけたって事なのかな、と思う。
俺だって―――春樹に対して、他人には言えない思いを抱いてる。
春樹以外には、誰にも言えない。いや、高橋と市原は知ってるけど・・・高橋の場合、彼女だってあまり他人には言えない恋を抱えてたんだっけ。みんなそうやって、無意識に同志を探り当てたりするものなのかなあ。
「羽柴先輩は、理解出来なくても、忌み嫌ったり揶揄ったり、皆に吹聴したりするヤツじゃないと思って、それで話してみようと思ったんだ」
「うん・・・・・・それはいいけど」
一体俺の何を見て、彼がそれほど信用してくれるのかはよく分からないんだけど、勿論俺は彼を揶揄うつもりも忌み嫌うつもりもない。まだ自分の事を打ち明ける気にはなれないけれど、それでも突然の同志の出現にこっそり喜んでしまうぐらいだ。
「従姉妹がいるんだ」
佐原は、ハァと溜息をついた。
「今、中三で受験生。彼女は・・・・・・うちの高校を受けるって言ってる」
「へぇ、そうなんだ」
うん、と彼は頷く。
「彼女の家は横浜なんだ。通えない距離じゃないけど、もし受かったらうちに下宿するって言い出したんだ」
「そうなんだ?可愛い?」
何で女の子の話をする時、いつも一番に 「可愛い?」 と訊いてしまうんだろう。佐原の従姉妹が可愛いとか可愛くないとか、俺には関係ない事なのに。
「顔は可愛い・・・・・・と思う」
「佐原の従姉妹だもんな。お前んとこって、美形揃いって感じ」
ふと、彼は頬を僅かに赤らめて俯いた。
だがすぐに気を取り直したように、キッと顔を上げる。
「彼女は、俺と結婚する気でいる」
「へー・・・・・って、ええっ!?」
(従姉妹って結婚出来るんだっけ?いや、それより、この年で結婚相手が決まってる事?ちょっと待て、佐原は女は駄目って言ってたよな?)
「・・・・・・酒の上のちょっとした冗談のつもりだったんだと思うんだ、最初は。でも、志織が―――あ、従姉妹の名前、志織っていうんだけど―――本気にしちゃったんだよ。本当に俺と婚約したつもりになって、ウチの母親がまた志織を気に入って可愛がってるもんだから、結婚すればいいじゃないのって無責任な事言って焚きつけて・・・」
気の毒に、と思わず同情してしまう。
「ウチの高校に受かったら、一緒に暮らせるし、ついでに花嫁修業するとか言い出した。・・・・・・そんなのは迷惑だから、やめて欲しいんだ。取り敢えず、別の高校を受験させたい」
「佐原、自分は女の子駄目だって、彼女には言った?それとも言いたくない?」
訊きながらも、そりゃあ言いたくないだろうなぁと思う。
彼女だけに止まらず、下手すれば親や親戚にも筒抜けだ。
それじゃあ佐原がいたたまれないだろうし、頭ごなしに非難されないとも限らない。
「言ったさ」
ところが彼は憤慨したように、そう口にする。
「えっ、言ったの?」
「ああ。・・・・・・俺は、お前とは結婚できないってハッキリ。でも、志織は信じない」
「・・・・・・そっか」
佐原は、ハーッと大きな溜息を落とす。
「志織ちゃんってさ、お前の事がすげー好きなんじゃないの?」
「多分な」
多分ではなく、間違いなくそうだろう。だから、酒の上の冗談だと分かっていても、それをチャンスだとしがみ付いたのだ。それに好きな相手が、同性にしか興味がないと告白したって、普通簡単には信じられない。
「だから、羽柴先輩に協力して欲しいんだ」
「協力?」
何でここで彼が登場するんだ?と首を傾げる。
「さっきも言ったけど、今俺フリーなんだ。だから余計に、志織は俺がゲイだって事を信じない。そこで羽柴先輩には、俺の恋人になって欲しい」
さらりと告げられ、目が点になった。
「・・・・・・お前、何言ってんの?何で俺が――嫌だよ」
「フリするだけ。恋人のフリ」
「だからさー、何で俺がそんな事しなきゃなんないんだって。そりゃあ、お前の事は気の毒だなーって思うよ。思うけど、俺、嫌だよ。志織ちゃんの事騙すんじゃないか。そんなの可哀想だ」
「先輩、俺の事は気の毒で、志織は可哀想?どっちの味方だよ?」
そんな事を訊かれても、困る。俺はどっちの味方でもないと思うんだけど。
「兎に角、その気もないのに付き纏われんのは嫌なんだよ。周囲固められて、気が付いたら逃げらんなくなっちゃってんのも嫌なの。俺が女は駄目で男が好きだって証拠見せりゃ、あいつだって認めざるを得ないだろ?そうすりゃ、ウチの高校の受験も諦めるかもしれない」
「だったら、俺じゃなくて他に適任がいるんじゃないの?もっと親しいヤツに頼めば・・・」
「だからァ、その辺にゴロゴロしてるようなヤツじゃ駄目なんだよ。志織は可愛いんだ。しかも、自分でもかなり自信持ってる。あいつが “適わない” と思うようなヤツじゃないと・・・。羽柴先輩なら、絶対大丈夫。先輩、可愛いし綺麗だし、性格も良さそうだしっ。先輩連れて行けば、志織も負けたと思って諦める」
今のは、褒められたんだろうか。
だとしても、あまり嬉しくないような感じなんだけど。
「そんなの買い被りだよ。俺なんか・・・」
「何、アンタ、まだ自覚してねーの?」
呆れたように、佐原が言う。
「自覚?何を?」
「・・・・・写真見せても分かってないんなら別にいいよ。兎に角さ、アンタは俺に借りがある訳だからちゃんと返してよ。ついでに、指輪の事も内緒にしててやるから。だから、一日だけ俺に付き合ってくれ。恋人のフリして志織に会ってくれ。頼む。アンタはただ、黙って俺の傍にいてくれるだけでいいから」
顔の前で手を合わせ、彼は深々と頭を下げる。
こんな風に頼まれたのでは、断れない。
ここで断ったら俺ってば酷いヤツじゃん?
たった一日、恋人みたいな顔して佐原の隣にいるだけ。
従姉妹に会って、それらしく適当に話したり頷いたりするだけ――それぐらいの事、してあげてもいいよな?
勿論これは春樹には言えそうにない。言ったら、何で協力するような状態になったのかも説明しなきゃなんないだろうし、何となくこういう事は嫌いなんじゃないかなって思うんだ。
「一日だけだぞ、フリすんのは」
仕方なく口にする。
と、佐原はパッと顔を上げた。
キラキラした瞳が、俺を正面から凝視(みつ)める。
「いいのか!?」
「・・・・・・だから、一日だけだってば。筋書きとか、ちゃんとお前が考えろよ。フリっつったって俺どうすりゃいいのか分かんねーからな」
分かった、と彼は頷いた。
「心配しなくていいよ。羽柴先輩には絶対迷惑かけないようにする。ありがと!マジで助かったよ。一生恩に着る!」
「・・・・・・んな大袈裟な・・・」
ハハ、と力なく笑う。
心が重いのは、春樹に秘密を持ってしまったからだろうか。
「後・・・これは善意のつもりなんだけど、ついでに勉強教えてやろうか?」
「・・・は?」
「三年のこの時期に順位表にも載ってない成績ってヤバいんじゃないの?」
笑いを含んだ言い方に若干イラッときたが、彼の言う通りだからキツく言い返せない。
「・・・いいのか?」
年下に勉強を教えてもらう事に少し抵抗はあるが、俺は素直に彼の申し出を受ける事にした。
「いいよ、別に。人に教えるの苦じゃないし」
佐原はニコッと笑った。
そして、毎日帰りに図書館の自習室で勉強を教えてもらう事を約束し、佐原と別れたのだった。