両親の帰りが遅い日は市原が夕飯を作るらしく、“あんな事”があった後、彼はせっせと三人分の料理を作ってくれた。彼とは長い付き合いだけれど、料理が出来る男だとは今日まで知らなかった。


そして今。

俺は、それを無言で頬張っている。


料理の味は言うまでもなく、美味い。


「・・・何か喋ろうよ」


沈黙に耐えきれなくなったのか、市原が箸を置いて俺を見た。


「別に気にしてないしさ」


事も無げに言いながらも、市原の顔がニヤけているだろう事は見ないでも分かる。絶対に今の状況を楽しんでるんだろう。

市原ってヤツはそういう男で、今更その性格にとやかく言うつもりはない。


言うだけ無駄ってやつだ。


「気にしてねぇ顔かよ」


ご馳走様、と箸を置いて市原を睨みつけた。


とやかく言うつもりはなくても、やっぱり人の不幸を楽しむような所はどうにかして欲しい。


(こいつのこういう所に似てなくてホント良かった・・・)


そっと、黙々と料理を食べている春樹を盗み見る。

無愛想な上に腹黒って、人に好かれなさそうだし。


「ごめんごめん。顔に出やすいんだ、僕」


市原はそう言って、ニコッと笑った。


「貴」


それまでずっと沈黙を守っていた春樹が、箸を置いて市原に呼び掛けた。


「あんまり梓をからかうな」


「お前なぁ・・・その原因作ったの誰だか分かってんのか?」


イライラした口調で問い掛ける俺を無視して、春樹はさっさと席を立つとリビングから出て行ってしまった。

その背中がやけに寂しそうに見えたのは俺の気のせいだろうか?


(やっぱ怒ってんのかな・・・・・・)


あんな風に拒絶して、春樹を傷つけてしまったのかもしれない。

でも・・・本当に駄目だって思ったんだからしょうがないじゃないか。


「大丈夫だよ」


まるで俺の心を読んだかのような市原の言葉に、そっと彼を見る。

そこにはもう、あの悪魔の様な微笑みはなかった。


「恋愛とかあんまり経験のない僕にはよく分からないけど、しょうがない事だと思う。・・・羽柴の気持ちがまだ春に追い付いてないんだよ、きっと」


短い言葉だけれど、その中に市原の優しさが見える。

それに少し心が救われたように感じた。


「あ、春。戻って来たんだ」


声のトーンを変えた市原の視線の先に、いつもと変わらぬ春樹が立っていた。彼と目が合うと、彼は黙ったまま俺の前にやって来てスッと拳を差し出した。


「・・・何?」


首を傾げると、春樹はゆっくり拳を開いた。


「これ・・・」


掌の中にあったのは、シルバーの指輪だった。

中央にゴールドの線が入ったシンプルな指輪が、キラキラと光りを反射している。


「やる。安物だけど」


春樹は指輪を摑むと、それを俺の掌にそっと載せた。


俺はボーッと自分の掌にあるソレを見つめる。

男が男に指輪ってどうよ?って普通は思う所だが、自分でも意外なくらい心が躍っていた。


「春樹・・・ごめんな」


ぎゅっと指輪を握って、俺は口を開く。


「いいんだ」


何の事かすぐに察した春樹は、ぼそりとそう言った。


「俺も、急ぎすぎた」


「そんな事は・・・」


ないとは言えないだろうか。

少なくとも俺は――俺の気持ちは、市原が言ったようにまだ追い付いていないのだ。


「ごめん」


どう言えばいいのか分からなくて、もう一度謝る。


「俺さ、俺・・・・・・春樹の事、好きだよ。ホントだよ。好きだけど・・・・・・すげぇ好きなんだけどっ、何か理屈じゃ説明出来ないってゆーか、か、身体が、勝手に・・・っ。何でだろ、俺、マジでお前の事・・・っ」


ふと、彼は苦笑を洩らした。


「・・・・・・人前で、そう “好き” を連呼されると困るな」


「うわッ!いたのか市原っ」


市原が視界に入った瞬間、俺は大声を上げていた。


「酷いなぁ。ついさっきまで僕と一緒に喋ってたでしょ?指輪貰ってその嬉しさのあまり、僕の存在を忘れちゃった?」


「うっ・・・」


全くその通りだから、何も言い返せない。


「それにしても、羽柴って結構素直で可愛い性格してるんだね。いつもは、気が強くてツンツンしてる感じなのに」


市原はニコニコ笑いながら、俺の羞恥を煽っていく。


「どうしたの?羽柴。顔が真っ赤だよ?」


天使と悪魔の顔を使い分ける市原を、今以上に苦手だと思った事はない。


「クソ!もう帰るっ」


いたたまれなくなった俺は、鞄を持つと急いで玄関に向かった。

その後に春樹が続く。


「ごめん」


靴を履いていると、ぼそっと春樹が謝った。


「お前が謝る必要ねーよ。春樹、絶対あいつに似るんじゃねぇぞ?」


その言葉に、真剣に頷いた春樹がちょっとだけおかしかった。


「それと・・・コレありがとな。すげぇ嬉しい」


胸ポケットに入れた指輪に布越しに触れて、言いそびれていたお礼を口にした。


「大事にするからな」


そう言って、嬉しそうに微笑んだ春樹を見届けてから彼の家を後にしたのだった。