高橋と別れて、春樹と二人並んで家までの道程を歩きながら、どちらからともなく溜息を吐いた。


「・・・・・・疲れた?」


そう春樹が訊いてくる。


「ちょっとな」


正直に俺は答えた。


三人で、学校から少し離れた所にあるファーストフード店に入った。

小さな四角形のテーブルを俺達と高橋が向かい合うように座って、ハンバーガーとポテトを食べ終わるまでの間、喋っていたのは殆ど高橋だった。


口を挟む隙がない。


普通、会話っていうのはキャッチボールだと思うんだが、俺はまるでボールをぶつけられる壁になった気分だった。話し相手が息をしている時が、相槌を打ったり言葉を挟むタイミングの筈だけれど、どうやら彼女は鼻で息をしているらしい。


(見た感じは、大人しそうであまり口数が多そうな子じゃねーんだけど)


「よく喋る女だったな」


ぶっきらぼうに言いながらも、俺は春樹がそれほど気分を害していない事を悟る。

彼にしてみれば、普段から俺といても聞き役に回る事が多いし、喋る相手が変わっただけでそれほど違和感がないんだろうか?


それとも、聞き慣れた俺のお喋りと違って、却って新鮮だったりして?


それに加えて――高橋は、ちっとも春樹を怖がらないどころか、何だか彼の事をよく理解してる感じだった。


一人でベラベラ喋っている割には、あれこれとよく気が回る。

例えば――春樹が興味なさそうな様子をちらりと見せれば、敏感に気付いて話題を変えてみたり。

「帰ろうか」 と言うタイミングも、春樹が飽きてそっぽを向く寸前という絶妙さだった。


「でも、何か面白かった」


「だよな。変な女だったけど、結構可愛かった」


俺もそれとなく同意する。

この俺を無口にさせるなんて癪だけど、春樹を怖がらない女――それだけで、悪いヤツじゃないと思ってしまうのだ。


俺以外の人間と接する事で、何かが変わるような気がする。

それは、春樹の為になる筈なのだ。


「春樹、ああいうタイプ好き?」


あっけらかんと訊いてみると、彼は眉を顰めて唇を引き結んだ。


「可愛くてスタイルも良かったし。性格は・・・・・・見た目によらずちょっとうるさいかもしれねーけどさ」


本当は、ちょっとどころじゃねぇよなーと思わない事もないけど。

でも、春樹が喋らない分、あれぐらいでもいいのかも知れない。

俺とだと絶対にぶつかると思うけど。


「梓。俺が好きなのはアンタだけだ」


不意に立ち止まった春樹が、ハッキリと口にした。

いきなりの告白に、ドキッと俺の動きが止まる。


そうだった。

春樹は俺が好きなんだった。

忘れていたとはいえ、ちょっと無神経な発言をしてしまったかもしれない。


「それに、梓の方が可愛い」


「は?」


聞き慣れない言葉にどう反応したらいいものかと思案していると、春樹が自分の胸ポケットから一枚の写真を取り出して、俺に見えるようにそれを裏返した。


「な、何だソレ・・・」


「ブロマイド」


昭和の響きがするソレに写っているのは紛れもなく俺だった。

写真の中の俺は、体操着姿でバカみたいに笑っている。

場所はグランドで、華やかな飾りが施されている様子からして、去年の体育祭の時の写真だろう。


沢山写真を撮った覚えはあるが、それを春樹が持っている訳がない。

市原が彼に渡したっていう可能性もあるけれど、それは違うだろうと思った。


だって春樹が持っている写真の俺は、カメラ目線じゃない。

明らかに、誰かに撮られたものだ。


「ど、どうしたんだよソレ!誰から貰った!?」


ブロマイドとやらを春樹の手から奪おうとしたけれど、取られてなるものかと高い位置に上げられたソレは、悔しい事に俺の身長では届かない。


「写真部のヤツに。皆欲しがってた」


「何で皆・・・・・・」


どうして皆が俺のブロマイドなんか欲しがるのだろう。

理解出来ないそれに、頭痛までする。

そんな俺を見た春樹は、丁寧に説明してくれた。


「一年の間では、凄く人気があるんだ梓は。屈託なく笑うところが可愛くて、何かに真剣に取り組んでる姿がカッコイイとかで」


男女関係なくアンタのファンが多いんだと、春樹は付け足す。

そんな話を聞いてもあまりピンとこない。

今までそんな話聞いた事がないし、噂も聞いた事がないから。


自分が自分の知らない所で誰かから好意を寄せられてるなんて、考えた事もなかった。

確かに容姿は両親譲りの整った顔立ちだとは思うが、ファンがつく程のものじゃない。


「信じられないと思うけど、事実だから」


春樹がそう言うなら本当の事なんだろう。


「あ、あのさ、その写真っていうかブロマイドって・・・お前以外の誰かの手に渡ってたりしてねーよな?」


人気があるのは男として嬉しいが、自分の知らない所で勝手に自分の写真をバラまかれるのって気分のいいものじゃない。


「してない。渡すなって、写真部のヤツに言い聞かせたから」


春樹が言い聞かせたとなると、写真部のヤツは二度と俺を撮ろうとはしないだろう。


「そっか、ならいいんだ。・・・って、じゃあ何でお前が持ってるんだよ!?」


「だから、貰ったって――」


「何で貰うんだよ!?」


ジャンプして春樹の手から俺のブロマイドを奪い取ろうとするが、更に位置を高くされてそれは叶わなかった。


激しく春樹との身長差に腹が立つ。

俺は決してチビじゃない。長身の分類には入るぐらいだし、ただ春樹がデカいってだけだ。


「・・・実物は中々手に入らないから、せめて写真のアンタ位は手に入れたかった。コレのお陰で、色々我慢出来るし」


春樹は宝物でも見るかのようにその手の中にあるブロマイドを見詰めた後、そっと胸ポケットの中に仕舞った。


彼の後半の言葉がかなり気になったけれど、それは訊かないのが得策だと思った。


「じゃあ、俺こっちだから」


春樹はそう言って僅かな名残惜しさを表情に出しながらも、俺に別れを告げて踵を返した。


自分からどんどん離れて行く大きな背中を見詰める。

小さくなっていく彼の背中を見ていると、何だか切ない。

理由なんて自分でも分からないけれど、ただ、あのまま彼が自分を見なくなってしまったら・・・と考えてしまって、それは寂しい事だなって思った。それだけじゃなくて、酷く悲しい。



結局俺は、色々考えながら春樹の背中が見えなくなるまでその場から離れる事はなかった――。