長身の春樹が思いきりジャンプする。
彼の手から離れたボールは、四方から伸びた腕の隙を突いて、ゴールへと叩きつけられた。
シュートが決まるのを確かめもせず、春樹は再び走り出す。
観客席からキャーと歓声が上がった。
春樹の活躍に、俺だけじゃなく観客皆が大興奮だ。
普段遠巻きにしてる連中も、こういう時だけは遠慮なく大騒ぎする。
きっと皆本当は、春樹に親しく声を掛けたり仲良くしたいんだろうなぁと、何となく思った。
春樹が自身を覆う殻を脱ぎ捨てれば、周囲は彼を大歓迎するかもしれないのに。
試合は春樹の活躍で、うちの高校のペースで進んでいる。
このまま行けば、久々にうちの勝利だ。
「春樹ーッ!走れ走れ!決めろーッ!!」
女子の甲高い叫び声に負けないように喚くと、彼はちらりと俺を見た。
そうして、カットしたボールをかなり離れた位置からシュートする。
「スリーポイント!」
観客達が狂ったように騒ぐのを気にも留めない様子で、春樹はその後も立て続けにシュートを二本決め、勝負は呆気なくついた。
うちの勝利だ。
試合終了の笛が鳴り、選手達が集合して礼をする。
悔しそうな北高のメンバーにひきかえ、うちの面々は大喜びだ。
その中で――春樹だけが嬉しそうな表情一つ浮かべずに、騒ぎの輪から外れてさっさとコートを後にする。
薄情な事に、彼が立ち去るのを誰も引き止めない。
俺は観客席を離れて、春樹の後を追いかけた。
一生懸命頑張った彼を労うのは、やっぱり俺しかいないだろ?
「春樹!」
体育館から更衣室に向かう渡り廊下で彼に追いつき、俺は手にしていたタオルを差し出そうとした――のだが。
「どうぞ」
一瞬早く俺の横から細い腕が伸びて、春樹に向かって突き出される。
その手には、俺と同じくタオルが握られていた。
春樹はギョッとしたように、僅かに視線を泳がせた。
俺も慌ててその腕の主へと、顔を向ける。
「良かったら使って。すごい、大活躍ね。良い試合だったわ。お疲れ様」
俺の隣に立っていたのは、見覚えのない女子だ。
タイの色からして一年生だろう。
顔は可愛くて、すらりとスリムな体型をしている。
そして、長くて艶のある黒髪が印象的だ。
春樹を前にビクつかないどころか、臆さず声を掛けてくるなんて女子、滅多にお目にかかれない。
流石の春樹も驚いてるのか、いつもの“近付くなオーラ”も出さず、勢いに押されてタオルを受け取ってしまった。
「市原くん、もう帰っちゃうの?バスケ部の人達、今日は打ち上げだって騒いでるよ」
馴れ馴れしく話しかける彼女を、春樹はギロリと見た。
今まではこれで睨んでいると勘違いして、泣きそうになった女子も多かった。
でも、彼女はケロリとして、「あっ」 と声を上げた。
「そっか、名前も言わずにごめんね。私、1-Cの高橋里奈」
そう言ってペコリと頭を下げる。
春樹は珍しくちょっと面喰っているように見える。
どう対処したものかと迷っているみたいだ。
こういう時には俺が助け船を出さなきゃ、と口を開き掛けたのだが。
「あ、市原くんの事は良く知ってるから。って言っても、ちゃんと見たのは今日が初めてなんだけど。市原くんの噂は色々聞いてたんだけど、噂以上に素敵な人なんだね。バスケ部の人達に色々気を遣われたり、お世辞言われるのが嫌で、捕まらないうちに出て来ちゃったんだよね?」
大人しそうな顔をしてペラペラと捲くし立て、彼女は大きな瞳をくりんと動かした。
「ねぇ、こっちはこっちで打ち上げやろうよ。羽柴先輩も行きますよね?」
「う・・・うん」
気迫負けして、うっかり頷いてしまった。
途端に彼女は我が意を得たとばかりに、相好を崩す。
「ねっ、羽柴先輩も行きたいって。行こ?」
(いや、俺は行きたいと言った訳では・・・・・・)
だが、春樹にしてみれば、俺が行くと言うのに拒む理由もないと思ったのだろう。
「分かった」
と小さく答え、着替えて来るからと更衣室に姿を消す。
俺は高橋と二人、渡り廊下に残った。
「変な女、って思ってますよね」
不意に彼女は口を開く。
「え・・・?」
「突然話しかけて来て、図々しいって思ってますか?」
俺は曖昧に首を傾げた。
「だって・・・・・・勝った途端、皆市原くんの事眼中にないんですよ?あれじゃ市原くん可哀想。私、市原くんみたいな人は、もっともっと大事にされていいと思うんです。何でも出来るし、格好良いし。あれでもうちょっと愛想があったら、きっと超人気者ですよね」
驚いた。
俺が普段から思ってる事を、そのまま台詞にしたみたいだった。
そうして、彼女はなおも言葉を継ぐ。
「でも、きっと愛想がいいなんて市原くんらしくない。市原くんはあのままの方がいいと思うし、皆が理解してくれればいいですよね」
「・・・・・・お前、本当にそう思う?」
信じられない気持で訊いてみる。高橋はハッキリと頷いた。
「思います。だって、羽柴先輩だってそう思ってますよね?」
「それは、勿論そうだけど。俺以外にもそう思ってるヤツと会ったの初めてだから、ちょっとビックリした」
ふふん、と彼女は得意げな笑みを浮かべる。
「そりゃ・・・・・・私、ああいうタイプ好きですから」
あまりにもあっけらかんと言われるのに、どう答えたものかと戸惑った。
(好きなタイプ――それって、春樹が好きって言ってるんじゃなくて、たまたま春樹が好きなタイプだって意味だよな?でも、それって・・・・・・どれだけ違うんだ?同じじゃねーのか?って事は、高橋は春樹の事が好きだと、俺に告白したって事か?)
「そんなに深く考えなくていいですよ。あ、市原くん来ましたよ!」
彼女は 「市原くーん」 と声を上げて、ヒラヒラ手を振っている。
もしかしたら高橋は、俺達が初めて出会う春樹の理解者なのかも知れなかった。
俺は彼女の出現を喜ぶべきなのだろうか。
俺以外に、春樹を分かってくれて受け入れようとする人間がいる。
それなのに――何だか喉を塞がれたように嫌な気分なのはどうしてだろう・・・?
続く