「あのさ、ちょっと頼みたい事があるんだけど」


今日は久し振りに教室で春樹と弁当を食べていると、バスケ部の藤本が恐る恐る俺達に声を掛けてきた。


「何?」


箸を止めて、先を促す。


「今週の土曜日に北高とバスケの親善試合があるんだけどさ、メンツ足りねーんだ。今年の一年、使えねーし」


「だから?」


「だから助っ人頼む!」


藤本は掌を合わせ拝むように俺に頭を下げる。


「お、俺が?」


驚いて持っていた箸を思わず落としてしまいそうになった。

自慢じゃないけど、助っ人を頼まれるほど俺の運動神経は良くない。


「別にお前でもいいんだけど、出来れば・・・・・・」


藤本はそこで言葉を切り、そっと黙々と自作の弁当を食べている春樹を見る。


(なるほど)


俺は納得して頷いた。


「春樹。お前、バスケの助っ人してみねぇ?」


春樹はつまらなさそうな顔をして、ちらりと俺を見る。


藤本は最初から春樹に助っ人を頼むつもりだったんだ。

だけど直接頼む勇気がなくて、俺に仲介を求めた。


まぁそんなところだろう。

春樹の前では委縮して口もきけないっていうヤツが多いから。


「・・・いいけど」


ぼそりと春樹が呟いた。

何か言いたげに彼が俺を見るのに、分かってるってと声を上げる。


「試合、俺も見に行ってやるから」


ちゃんと応援しててやるよ、と言うと、春樹の顔つきがほんのちょっぴり和らいだものになる。

けれどそれは眉毛一本動いた程度の、他のヤツらにはまず分からない微妙な変化だ。


「じゃあOKって事で」


藤本に伝えると、パッと表情が明るくなった。

余程、春樹の力を借りれる事が嬉しいのだろう。


「うわー、助かった。んじゃあさ、前日の練習から顔出してもらえるかな。市原の弟が出てくれたら、心強いぜ。三年の先輩達は、土曜日模試で来られねーんだ。ただえさえうちは三連敗してるから、これ以上負ける訳にいかないしさ。あー、マジで羽柴がいてくれて助かった」


俺ではなく、春樹がいてくれるから助かったんじゃないのか? と胸の中でツッコむ。

まぁ、直に頼めないと言うのなら、俺がいなきゃどうしようもないと言うのも分かるけど。


「でも、部外者が試合出て大丈夫なんだろうな?」


「大丈夫、大丈夫。新入部員って事にして、名簿にも名前入れとくから」


彼は軽く言うと、もう一度礼を口にして立ち去った。

せめて礼だけでも、春樹本人に言って欲しいと思ったけれど、そういう隙もなかった。


「梓。その試合で勝ったら俺と付き合って」


「バカ言うなッ。ちゃんと前向きに考えてやるって言っただろ?それだけでも光栄に思え!てかお前、絶対勝つだろ」


バシッと春樹の頭を叩き、まだ食べ終わってない弁当に手を付ける。


「でもまぁ、良かったな。あんなに感謝されて。よっぽどお前が試合に出てくれんのが嬉しいんだな」


「・・・・・・別に感謝されるような事じゃない」


むっつりと、春樹は言った。


「何でだよ。部員でもないのに力貸してやるんだから、感謝されて当然じゃねーか」


「まだ試合はしてない。そういうのは勝ってからでいいと思う。それに・・・」


ちらりと俺を見て、彼は言いにくそうに口を噤む。

でも――何となく俺には分かる。春樹の言いたい事が。


「・・・・・・試合は勝ち負けだけじゃないんだから、部外者を出してまで勝とうとするのはちょっとおかしい。その時だけ春樹を引っ張り出すよりも、もっと大事な事があるんじゃないのか・・・・・・だろ?お前が言いたいのは」


そう弁当箱を直しながら口にすると、彼の口元が僅かに綻ぶ。


「試合出るの嫌だったら、断ってもいいんだぜ?俺、断ってこようか?」


彼は、いや、と頭を振った。


「一度引き受けた事だし」


「じゃあ、次からは断ってやるよ。一度OKしたら、二度目もありそうだからな。残念だけど・・・」


「・・・・・・梓は、俺を試合に出させたいのか?」


訊かれて、まぁねと嘯いた。

春樹の目が 「どうして?」 と問い掛けている。


「単純に、お前が活躍する姿を見たいから」


少し恥ずかしいと思いながら、素直な気持ちを口にした。

ただ見たいってだけじゃなくて、春樹は凄いヤツなんだって皆に思って欲しいんだ。


「・・・・・・」


ちらりと春樹を見ると、彼はちょっと嬉しそうな顔をした。

そういう優しい顔を、皆にも見せて欲しいと思う。そうすればきっと、誰もが春樹を好きになるだろう。

だが、そう思う一方で、こんな顔をするのは俺の前だけでいいとも思ってしまうのだ。


「いいよ、また頼まれれば引き受けて」


「でもさ・・・」


「梓が出て欲しいって言うんなら、出る」


キッパリと言い切った口元は、キリリと引き締まって男らしい。

俺は春樹に比べれば本当に出来が悪くて、自慢できるような所は一つもないけれど、だからと言って卑屈になったり僻んだりした事は一度もなかった。


だって、春樹は俺の自慢だ。

こんな事、口が裂けても本人には言えない。


「・・・うん、・・・ってゆーかさ、俺、試合に出るきっかけに、お前が皆に溶け込めたらいいなって思ってんだよ。俺だけじゃなくて、誰とでも楽しく話せたらいいのにって」


彼の素晴らしさを理解してくれる人間が、もっともっと増えればいいのにと思いながら言ってみる。

けれど、春樹はそれには興味なさそうに鼻を鳴らした。


「俺は今のままでいい」


素っ気なく吐き捨てられるのに、俺は困って顔を顰める。


「いい訳ねぇだろ。お前、皆から“怖い”って思われてんだぜ?」


「アンタさえ、本当の俺を知っててくれてるならそれでいい」


春樹はそう言って立ち上がると、二人分の弁当箱を抱えて教室から出て行った。


「相変わらずだね」


近くで様子を窺っていたのでろう市原が、スッと俺の横に立った。

見上げて見た彼の表情は、困ったなというそれだった。


「僕は別として、あれだけ羽柴以外の人を拒絶するのもおかしいよね。それだけ羽柴が好きだって事なんだろうけど」


好きな人がいれば他は要らないと、そんな簡単に他者を排除できるものなのだろうか。


(ま、取り敢えずバスケの試合を頑張ってもらうか)




そのバスケの試合をきっかけに俺達の仲がギクシャクし始めるとは、この時の俺は知る由もない――。