3話
――隆史side――
『アンタなんかに渡さないからな』
と言ったのは、それで少し状況が変わるのではないかと考えたからだ。
どっち付かずの二人を見ているのが苛々するから、理由を挙げるとするならそうなのかも知れない。
秀一にそういう気がないのなら、きっぱりと泉を振って欲しかった。そうしたら泉は次へ進める。
秀一の事で悲しい表情をする彼をこれ以上見なくて済む・・・そう思っての言葉だった。
泉から聞いて知ってはいたが、あんなに過去に失った人を想い続けているとは思わなかった。
あれでは、秀一を心から慕っている泉が馬鹿みたいだ。
しかし、『過去の人』 をずっと想う気持ちは、隆史にも分かる。分かりすぎる位だ。
でも、それでも、自分は過去を振り返らないと決めた。出来る事なら、秀一にもそうなって欲しい。
今そこにある幸せに気付いて欲しいと思う。
誰かが二人の中に割って入ってやらなければ、二人の関係はずっとこのままだと思ったから隆史はああいう行動をとったのだ。全ては、考えがあっての事。
「あの・・・?」
困ったように口を開いた秀一に、物思いに耽っていてつい存在を忘れてしまっていたとでも言うように、隆史は「何?」と、秀一を見遣った。
この前の事で話があると秀一を近くの喫茶店に呼んでいた。
話題が話題なので、極力目立たない一番奥の席に二人は向かい合って座っている。
「その傷どうしたの?」
秀一が指差す所にそっと触れると、鈍い痛みがする。
「 『余計な事言うなよ、馬鹿』 」
「え?」
「そう怒鳴られて泉に殴られたんだよ。あいつ、可愛い顔してやる事は男らしいっつーか」
隆史が秀一に『渡さない宣言』をしたその日の帰り道で思いきり怒鳴られたかと思うと、次の瞬間には涙で頬を濡らした泉に左頬を殴られていた。
そりゃそうだろうと、隆史は思う。泉にとって秀一に『好きだ』と伝える事は大切な事だった筈だ。そう簡単には言ってしまえない位に。
ただえさえ、同性相手だ。気持ちを伝える事に普通の人よりかは、慎重にもなるだろう。
それを何の躊躇いもなく口にした隆史を泉が怒るのは当然だ。
気持ちを伝えるつもりだったにしろ、自分ではなく他人に言われてしまったのだから。
信じられない、そんな悲痛に濡れた瞳が隆史を睨んでいた。
それがいつか幸せに濡れた瞳に変わる事を願いながら、隆史は悪役に回ったのだ。
「話って、泉くんの事だよね?」
表情を引き締めてこちらを見詰める秀一の目を見返す。
泉の言っていた通り、目の前にいる男はそんじょそこらの男じゃない。
人目を惹く程のハンサムな男だ。柔らかそうな髪と優しそうな目が印象的で、一緒にいるだけで和むようなそんな空気を纏っているように感じる。
「あぁ。アンタがあいつの事どう思ってるのか、あいつの代わりに聞きに来た」
この事も泉にバレれば今度は殴られるだけじゃ済まないかもしれないけれど、はっきりとした秀一の答えが欲しかった。
「どうって・・・僕も泉くんの事好きだよ。ちゃんと恋愛対象として見てる」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
その言葉を聞いた瞬間、隆史の思考がストップした。
「あの日、泉くんに伝えようかと思ってたんだ。ずっと伝えようとはしてたんだけど、ほら、僕男だし、それにかなり歳離れてるしで・・・・・・色んな事が邪魔して―――」
穏やかに胸の内を明かしていく秀一を、ボーッと見詰める。
やっと動き出した頭の中を、あり得ないと言う言葉が埋め尽くしていく。
(泉はこいつが好きで・・・こいつも泉が好き・・・・)
隆史は少し混乱していた。
秀一は亡くなった妻、早苗を未だに想い続けているのだと思っていたからだ。
泉の話を聞いていた限りでは、そうとしか考えられなかった。直接会ってみても、その気持ちは変わる事はなかった。泉の一方的な片想いだとずっと思っていたのに・・・。
最初から秀一は泉の事が好きだったのか。
そうしたら、自分のとった行動の意味は何なんだ?余計に二人の関係をややこしくかき混ぜてしまっただけじゃないか。もし自分があの日秀一の家に行かなければ、二人は上手くいっていた筈だったのだろう。
それを余計な事をして邪魔をしたのだ、自分は。
良かれと思ってした事が逆に事態を悪い方へと動かしてしまった事に、隆史は心の中で泉に謝罪する。
傷付けるつもりじゃなかった。全部、お前の為だったのだと。
「悪かったよ」
「え?」
「余計な事して、悪かったよ・・・。でも、解りづらいアンタも悪い。ったく、殴られ損じゃねーか」
素直に謝るだけというのは自分らしくないので、少し悪態を吐いてみる。
「なぁ、泉の事好きだって言ったけど、亡くなった奥さんの事・・・今はどう思ってるワケ?その人より、泉の事を愛してやれんの?」
隆史はずっと秀一と言う人間は 『過去』 に生きている人間だと思っていた。
自分も同じだったから、そういう人間は見れば分かるのだ。
今を生きず、昔の思い出に浸って生きている。
『過去』 に縋っている哀れな男だと思っていたのだけれど、どうやらそうではなかったらしい。
気付いたのか、彼も。
「やっぱり答えなくていいや。もう何も言わなくていい。全部、泉に直接言ってやってくれ。『過去』 がちゃんと 『過去』 になったって。んで、安心させてやれよ」
愛した人を亡くしたからって、その人への愛も消えるなんて事はない。
その人と過ごした日々を簡単に忘れられる訳がないし、忘れる必要もない。
でも、それでも、前へ進まなければいけないのだ。
じゃないと、自分を想ってくれている存在に気付けない。
「君は本当に泉くんの事を大切に想ってるんだね」
「大切な事を教えてくれた、親友だからな・・・」
優しく微笑む秀一に、隆史も笑みを浮かべた。
「もしかして、君は僕と同じ?大切な存在を亡くした・・・」
「・・・・・・遠からず近からず、ってとこだな。俺の場合、死別じゃない」
隆史は静かにそれだけ言うと、もう話す事はないと席を立つ。
鈍感そうな秀一にも気付かれてしまった。
自分も秀一と変わらないものを持っている事に―――。