『愛しい人』――プロローグ




泉はいつも叶わない恋をしてしまう。


第一に、それが必ず同性である事。

第二に、その相手に恋人や片想いの相手がいる事。


それらの条件に当てはまる人を何故か好きになってしまう。

そして今は、もっと不毛な相手に恋をしてしまっていた。


絶対に自分の気持ちが叶わないと解っていながら、『彼』を好きになった。

諦めようと真剣に思った時にはもう、どうしようもない程『彼』を好きになってしまっていた。

当然諦める事は出来なくて、今も一番『彼』の近くにいて想いを募らせている。


想うだけなら、誰にも迷惑をかけずにいられるから。



「おはようございますっ!」


駅のホームで電車を待つ背の高い男の背中を見付け、泉は息を弾ませながら声を掛けた。


「おはよう、泉くん」


男は振り返って、穏やかに微笑んだ。


「今日は一段と冷えるね」


「そうですね。・・・あっそうだ、おれ浅井さんにプレゼント持って来たんです」


鞄から綺麗にラッピングされたものを取り出し、そっと男――浅井秀一に差し出した。


「今日お誕生日ですよね?おめでとうございます」


泉はペコッと頭を下げ、ニコッと笑って秀一を見上げた。


「えっわざわざ用意してくれたのかい?ありがとう、泉くん」


秀一は泉のお気に入りの笑顔を浮かべると、プレゼントを受け取った。


「こういうの、結構気恥ずかしいものだね。もう祝ってもらうような歳じゃないのに」


秀一は、はにかみながら頬を掻く。


「何言ってるんですか。浅井さんは、まだまだ若いですよ。それにハンサムだし、おれの憧れです」


泉のその言葉に嘘偽りなどなかった。


秀一は人の目を惹く程ハンサムだ。

色素の薄い柔らかそうな髪に、その性格に合った温顔な顔立ちには微笑みが良く似合っていた。


背が高くて体格がいい秀一は紺のスーツが良く似合っており、彼のスーツ姿を見る度に泉はドキドキと胸を高鳴らせている。今朝は、その上にグレーのグレンチェック柄のシングルトレンチコートを羽織っている。


「はははっ、だったら泉くんに呆れないように頑張るよ」


秀一はニコッと笑うと、プレゼントを持った方の手で力瘤を作って見せた。

その姿に何だか温かいものを感じて、泉は自然と顔を綻ばせた。


泉は、毎朝こうやって秀一と言葉を交わす為に、一つ早い電車に乗るようにしている。

彼と会えるんだと思うと、辛い早起きも苦にならない。


「プレゼントなんですけど、気に入らなかったら捨てちゃってもいいですから」


ニコニコ楽しそうに笑いながら鞄にプレゼントを入れている秀一に、泉は少し伏し目がちに言った。


スーツにも合うようにと色合いも考えて、チェック柄のマフラーを用意した。デパートで偶然見付けて、一目で秀一に似合うと思って購入したのだ。カシミヤなので少し値段は張ったが、秀一の喜ぶ顔が見れると思えば安い買い物だった。


「君から貰った物を、僕が気に入らない訳がないだろう?大切にするよ」


そう言って微笑む秀一に、泉は思わず見入ってしまう。とても穏やかに、幸せそうに笑うから・・・。


その笑顔を取り戻すのに、一年も時間を要した。

その時の彼はとてもじゃないけれど、目も当てられないような状態だった。

だから今、こうやって彼が笑っている事が泉の最大の幸せだと言っても過言ではない。


「あ、電車が来たね」


そう言って白線までゆっくり歩いて行く秀一の大きな背中を見詰めながら、泉もその後を追う。


泉と秀一が乗る電車は同じで、降りるのは泉の方が先だ。


「週末うちに来れそう?」


電車に乗り込んで、二人して吊革を掴み並んで立つ。


「大丈夫ですよ。また、何か作って行きますね」


「無理・・・しなくていいからね?僕は別に大丈夫だから」


「無理なんかしてませんって。おれがそうしたいだけなんですから。それに、浅井さんの『大丈夫』は当てにならないですからね」


苦笑を浮かべる泉に「ありがとう」と、秀一は優しく微笑んだ。


今電車の中じゃなかったら、彼の恋人だったら、今すぐにでも彼の腕の中に飛び込みたい。

そんな日が来る事を、少しも願わなかった事はない。


(願ったって、この人はおれのものになんかならない・・・・・・)


そう解っていても、ふとした瞬間にどうしようもない衝動に駆られてしまう。

秀一を自分のものにしたいと、彼に伸ばしかけた手を何度思い止まらせてきた事か。

自分の自制心と言うものを褒めてやりたいくらいだ。


そうこうしている間に泉が降りるべき駅に到着し、小さく秀一に手を振って後ろ髪を引かれる思いで電車を降りた。チラッと振り返ると秀一と目が合い、彼はまた小さく手を振ってくれる。そして、流れるように泉の目の前から電車がゆっくりと発車して行った。



彼の左手の薬指にキラッと銀色に光るものの残像を振り切るように、泉は学校まで一直線に走ったのだった。