『俺の可愛いご主人様』
「なぁ。本当に悪いって思ってんの?」
ピクピクと尖った耳を動かしながら、俺はマスターを睨みつけた。
「思ってるよ・・・」
しゅんと頭を垂らしたマスター。これじゃどっちが悪者か解らない。
俺のマスターは一言で言えば、可愛い。
睫の長い大きな瞳に、少し低めの鼻。
赤く色を塗った訳じゃないのに、色白の肌に目立つ赤い唇。
それに全体的に華奢で見ていて危なっかしい所があるから、つい保護欲をそそられてしまう。
一方俺はと言うと、先ず人間じゃない。
獣――狼の姿から自在に人の姿へと転化する事が出来る異形の種族。
その総称を『ミュートス』と、人間は呼んでいる。
日本に存在する俺達(ミュートス)は数少なく、その少なさ故に存在さえも余り知られていない。
その為、ギリシャ語で「作り話」・「嘘の話」と言う意味の『ミュートス』と言う言葉が俺達に付けられた。
その意味通り、俺達の様な――人狼が存在するなどと普通の人間に話した所で、頭が可笑しいんじゃないかと思われるのがオチだ。
「俺がどんな思いで一晩一匹でいたと思ってんだよ、マスター」
俺が怒っている理由はこうだ。
昨日、マスターと猪狩りをしに猪がよく出ると言われている山へ出掛けた。
マスターは見た目と違って、結構男らしい所があるから平然と猟銃をぶっ放したりする。
それに少しビビりながらも、鼻の利く俺の活躍により大きな獲物を狩る事に成功した。
それまでは良かった。その帰りが問題だったんだ。
俺が少しマスターから目を離している隙に、マスターはスタスタと一人で山を下りて行った。
マスターの姿がない事に気付いた俺は、必死でマスターを捜した。
でも幾ら鼻の利く俺でも、車で移動されちゃあ手も足も出ない。
優しいマスターの事だから、直に迎えに来てくれるだろうと思っていた。
なのに、幾ら時間が過ぎても一向にマスターからの迎はなかったんだ。
「結構、寂しかったんだけど」
大方、思っていた以上の大きな獲物をゲット出来た喜びで俺の存在を忘れていたんだろう。
まぁこうやって無事にマスターの元へ戻って来れたのだから、別に気にしちゃあいない。
だけど、凹んでるマスターは実に可愛いので怒ったフリをしていたりする。
「ちゃんと付いて着てるって思ってたんだよ。車に乗って家に着いた時、初めて凜がいない事に気付いて・・・」
ふかふかのベッドの真ん中に座り込んで、枕を抱いたマスターはそう言った。
「俺がいなくなって心配した?」
「当たり前だろ・・・。ボクには凜しかいないんだからっ。捜しに行こうとしたけど、日が暮れて来ちゃって・・・」
「それで俺の捜索を諦めた、と」
マスターはぎゅっと枕を抱く腕に力を入れた。
十八の男が、子供の様な仕草をするのはどうかと思うが・・・マスターの場合、可愛いから何でも許せる。
俺もベッドへ上がり、マスターの隣に座る。
「凜、ごめんね・・・?」
可愛い笑顔を俺に向けたと思ったら、マスターの命令で隠さないようにしていた耳を揉まれた。
もみもみと気持ち良さそうに、マスターは俺の耳を触り続ける。
「謝る気ィねーだろ・・・・・・」
マスターは耳だけで足らなかったのか、尻尾まで触り始めた。
マスター曰く、ふわふわしてて気持ち好いからだそうだ。
マスターだから許している行為であって、他の人間が触ろうものなら容赦なく噛み付いている。
「いい加減にしろよ、マスター」
マスターの手首を掴むと、そのままベッドへ押し倒した。
「凜・・・?」
潤んだ大きな瞳で、俺を見詰めるマスター。
男にしては少し高めの声で、マスターは俺の事を“凜”と呼ぶ。
“凜”とは俺の名前で、マスターが俺につけてくれたもの。
初めて名前をくれた人間・・・俺はいつしかその人間を“マスター”と呼ぶようになった。
そして―――好きになった。
本音を言えば、本当に寂しかった。
また“捨てられた”んじゃないかって・・・だからずっと、マスターを待っている間不安だった。
「凜」
俺の名前を呼ぶと、マスターは俺の首に両腕を回してぎゅっと抱きついてきた。
「凜・・・ごめんね」
マスター、貴方は俺を捨てたりしないよな・・・?
すっと一緒にいてもいいんだよな・・・?
「大丈夫だよ。ボクは凜を捨てたりしない。・・・寂しい思いさせて、不安にさせてごめんね、凜」
マスターはいつも俺の言って欲しい言葉をくれる。俺をいつも安心させてくれる。
ふあふわしてて危なっかしいマスターだけど、ちゃんと俺の気持ちを察してくれている。
そして、守ってくれる。そんなマスターだから、俺は好きになったんだ。
「もう寂しい思いさせないから」
スルッと俺の首に絡まっていたマスターの腕が解かれ、力強い大きな瞳で俺を見詰めた。
「本当に・・・?」
俺もその瞳を見返す。気を抜いたらその瞳に吸い込まれそうだ。
「本当だよ。ボクと凜はずっと一緒。だってボクは凜の“マスター”でしょ?」
ニコッと満面の笑みを浮かべたマスターに、胸がきゅんとなった。
マスター。俺は貴方を愛してる。
貴方はどう思ってるか解らないけれど、俺は貴方を世界中の誰よりも愛してる。
「勝手にボクから離れる事は許さないからね、凜」
そう言ったマスターの手を取り
「ずっとお傍にいます。マスター」
そう言って手の甲にキスを落とした。
貴方に永遠の愛と忠誠を誓って―――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「マスター、これ何?」
ガチッと首にはめられている物を指差して訊くと
「何って首輪だよ」
と、平然と返された。
「何で首輪が必要なんだよ」
生まれてこの方首輪なんて付けた事ないから、何だか気持ちが悪い。
直ぐには馴染めそうにない。
「これは、凜がボクのものって言う印だよ」
ちょんちょんと、俺の鼻を突いてマスターは言った。
その可愛い仕草に、きゅんと胸が高鳴った。
「マスターの、もの・・・・・・?」
そう小さく呟くと、
「そうだよ。凜はボクのもの。誰にも渡さない。その為の首輪だよ」
と笑って言って、マスターは俺の頭を撫でて部屋を出て行った。
その扉に向かって小さな声で呟いた。
「何処へでも付いて行くよ、マスター」
俺の可愛いご主人様―――。