婆ちゃん | IRIEなLIFE

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今日のブログ、長いっす…



俺は生まれてから22歳まで、じじばばに育てられた

正確には2歳ぐらいからか?

幼い頃に両親が離婚したからだ


でもその分じじばばはそんな俺に、たくさんの愛情を注いでくれた

何一つ不自由した憶えもない

むしろ本当の両親に育てられるより良かったんじゃないか?とさえ思う



知ってる人は知ってると思うが

うちの母親はあんな感じの人だ

とてもぶっ飛んでる

昔からね

多分、これからもね



それでも俺がアメリカ来てからは、だいぶお世話になってる

きっと今まで俺を育ててこれなかった分、

今やろうとしてるんじゃないかな

どっちにしろ、感謝してる


でもね、

俺の中ではむしろ

母親というよりは姉ちゃんって感覚に近いと思う

俺にとっての母親は婆ちゃんだから




オヤジもそうだ

俺は25歳になるまでオヤジに会った事がない

記憶もない

でも別にそれでも良かった

じいちゃんが死ぬまでは

不思議と会いたいとも思わなかった

俺にはじいちゃんがいたから


別にオヤジを憎んでも恨んでもいない


けどね、


おれにとっては一生、じいちゃんがオヤジだから

これを読んでるであろう、本当のオヤジには悪いけどね






でもそんなじいちゃんも4年前に亡くなった



じいちゃんはとってもカッコ良かった

70歳過ぎても

出かける時はちゃんと鏡の前に立って

ハットかぶってジャケット着てネクタイして…


おれのおしゃれ心はじいちゃんから受け継いだのかもって思う



そしてとてつもなく頑固だった



じいちゃんは死ぬ前の4年間、ずっと入院していた

人工透析をしていたためだ

それに加え、脳梗塞で半身不随だった


それでも家に帰りたい、家に帰りたいってずっと言ってたよ


俺はじいちゃんが入院し始めた頃に、アメリカに来た

だからじいちゃんの世話がほとんどできなかった




今まで20年以上も

子供でもないこの俺を

「老後」という人生で一番、

のんびりと自分のやりたいことができる

大切な時間を

孫の俺の為に

費やしてくれたじいちゃんを

俺は面倒みることができなかった



きっとばあちゃんともっと旅行とか行きたかっただろうし

色々な老後の計画もあっただろうと思う



それでも全部を犠牲にして

俺を育ててくれた




じいちゃんは最後、自ら死を選んだ

とは言っても自殺したわけじゃない

人工透析を自ら止めたんだ


人工透析をしている人は死ぬまで治療をやめられない

その治療をやめてしまうと死んでしまう

とても苦しい治療だと聞くし

治療を続けても

10年くらい生きれれば良いほうらしい



家族はもちろん長生きを望む

でも本人にとっては

寝たきりでずっと病院の天井を眺めて暮らすよりは

死んだほうがマシだと思う



でもそれでも苦しい治療を4年も続けてくれたじいちゃんが

「治療を止める」と言ったとき、

俺は止めることができなかった


幸いにも俺は

じいちゃんの死際にそばにいてあげることができた





そして一人きりになった婆ちゃん




あれから4年、ばあちゃんも今年で80歳だ

なんとか今も一人でがんばってる


先日俺のグリーンカードの為に、ばあちゃんに頼みごとをしたんだ

それは、俺の戸籍謄本をアメリカに郵送するということ


この前それは無事に届いたが、その宛名や住所を見て笑ってしまった

英語だからしょうがないかもしれないが、

もうそれはハチャメチャなんてもんじゃなく、

よくこれで届いたもんだと思った





でもうれしかった


「すげ~がんばって書いてくれたんだなぁ」





最近、少しボケが心配になってきた婆ちゃん


電話番号を書き留めるのにも15分くらいかかる婆ちゃんに

アメリカに手紙を送れなんて言ってももう無理な話かもしれない

それでも孫の俺の為に必死の思いで英語の住所を書いてくれた婆ちゃん


それもこれも俺に会いたいが為だ


ばあちゃんは俺がちょっと風邪引いたって言っただけで

一日に5回くらい電話をかけてくる

それほど俺のことが心配なんだ

きっと俺が何歳になっても

ばあちゃんにとって俺は子供のまんまなんだと思う




そんな俺はもう2年以上、日本に帰っていない

ビザが取れるまでは帰れないんだ



それでもその間も無理して2回、アメリカに来てくれた

会いたいが為に



金があればせめてビジネスクラスでも取ってやりたいが

そんな金はどこにもない



それでも文句一つ言わず…

は言いすぎだけど、

文句の三つか四つくらいで

狭いエコノミークラスで10時間揺られて

はるばるアメリカまで来てくれた婆ちゃん



もうこれでアメリカに来るのは最後だなんて言いながら

それでもまた来てくれた婆ちゃん




たまにふと思う


なんで俺はアメリカにいるんだろう?


って…



じいちゃんの世話もできず

一人きりの婆ちゃんの世話もできず

それでもどうしてアメリカにいるんだ?



あんなに世話になって

あんなに愛情いっぱい注いで育ててくれた

じいちゃんとばあちゃん…




ばあちゃんは今が一番、俺を必要としている時だと思う

それでも俺はまた、

じいちゃんの時のように、そばにいてあげることができない





ばぁちゃん、

ごめんなさい



でももうすぐ会えるから

ばあちゃんが一所懸命書いて送ってくれた手紙が届いたから





待っててよ、ばあちゃん