『暮らしの哲学』

やったら楽しい101題


て本をともだちにもらいました。


ともだち。ってか、


くくりはともだちで、でも『ぼくたちわたしたちトモダチね!』てのは違う感じ。


ま、いいか。


とりあえず、本をあげたりもらったりっていいよね。


で、ひまーとか、お風呂とか、つい考え事しちゃう時間。なときに、


ちらちらっとよんでるのです。


たとえば、きょうは29日だから、29日の。



29:録音した自分の声をきく  

効果 違和感を覚える  

所要時間 数分

用意するもの自分の声が入ってるテープなど


 いつでも驚いてしまいます。「これが私の声?」自分の声にしては高すぎる。低すぎる。のんびりしている。落ち着かない。とにかく思っているのと違う。

 いつも内側からしかとらえていなかった自分の声、ひいては自分の姿を、外側から客観的に見直す貴重な体験です。おどろきと、とまどいと、居心地の悪さを感じるでしょう。

 昔の人間は、自分の声が他人にどんな風に聞こえているかということを、実際に聞いて確かめることができませんでした。自分の姿が他人の目にどんなふうに映っているかということも。道具の助けを借りて初めて、私たちは常に自分の内側にいてなにもしらないも同然だということに気づいたのです。

 技術は哲学の助けになります。そこで哲学が考えはじめるのは、どちらを採用すべきかということです。内側からとらえた自分自身のイメージを採用するべきか。あるいは録音したり録画したりした客観的な見え方を採用すべきか。顔、思考、行動全般についても、同じように考えてみることができます。考えても答えは永遠にでないでしょう。だからいつまでたっても、外側からと内側からのギャップに驚いてしまうのです。



こんな感じ。

ほかにも、話していることを意識しながら話す/面食らう、だとか、髪の毛を一本ぬく/たいした効果はない、だとかが、ぜんぶで101題。


やってかわることも、かわらないこともあるだろうけども、


さらっと、時間つぶしをしたいときにも、じっくりかみくだいて考えたいときにも、


どっちにもつかえるんじゃないかしらん。