友人と飲んでいて、どうしてそんな話になったのかわからんが
友人が「過去の過ちを悔いている」という話をしだした。
そうとう悔いている様子。
でも、俺から言わせれば重罪を犯したわけでもないし、
問題ないと思った。
逆にそれは極限を知るいい機会だったんぢゃないかとすら感じる。
世の中の普通とかっていうのは、結局のところ
自分が今まで見聞きし体験したことと、他の人がいう
「これが普通だ」という意見を基に「この辺が中心かな?」
というだいたいを割り出しているに過ぎない。
だから、端から端まで知った上での判断ではないわけだ。
とすると、過去に過ちを犯してしまったとしても、それは
一方の端を知ることができた重要な出来事だったんだと思う。
周りのその他大勢が「ここが真ん中だよ」と言っている意見に
従うのではなく、あくまでも自分の感覚としての真ん中を
割り出せるなんて、とても素晴らしいことでしょw
ポジティブ過ぎか?(笑)
俺も色々と過ちはあるけど、過ちを受け止めた上で、それらは
とてもよい財産だと思っている。
まぁ、迷惑をかけた人も多々いるので、その人達には別な
方向から償う必要はあるけどね。
冒頭の友人の場合、償うような事柄ではないけど、起きてしまった
ことを肯定してもらえたら、同じような悩みを持っている人の
一助になるんぢゃないだろうかね。
つまるところ、どんな出来事も自分に起きることは必ず
意味があるんだよね。
んぢゃ、何が起きてもガハガハ笑って乗り越えていきますょ(笑)
ガーッハッハッハッハッハッハッハー


