茂木 健一郎

脳の中の人生

 

 脳科学者・茂木健一郎氏のエッセー集。現在、小林秀雄賞を受賞した脳と仮想 も読んでいる。読み応えとしては後者のほうが数段上だが、読みやすさからいくと、この本から入っていったほうが楽しいかも。以下、印象的だったことを忘備録として。


創造は想起に似る

「新しいものを生み出すことは、何かを思い出そうとすることに似ている」(ロジャー・ペンローズ)。数学的真理の性質の一つである、プラトンの思想、<イデア> がもともとギリシア語では <見えているもの> の意。著者の「記憶の想起のプロセスに、ほんのちょっとの変形や、編集を加えることで、歩留まりの良い創造性のプロセスが立ち上がっているのかもしれない。」 という言葉が印象的。


やさしい判断を下そうとするときのほうが脳の司令塔は活性化する

難しい判断を下そうと努力しているときより、すぐにわかるような、やさしい判断を下そうとするときのほうが、司令塔である背外側前頭前野皮質はより活動する。この司令塔は、何を判断材料にするかを決めるところで、脳の諸領域からの情報を参考にしながら、最終判断を下す。くよくよ悩んでいるとき、つまり明確な判断材料のないときには、司令塔の活動は低下する。「もちろん、悩むことも大切だ。しかし、生きる上で意味があるのは、実は、あまりにも当たり前に思える判断の積み重ねなのではないか。」


言葉とは、他人と自分の心を結ぶ「鏡」のシステムの産物

人間の脳では、ミラーニューロンは運動性言語野(ブローカ野)に存在する。「コンピュータ全盛の現代、コミュニケーションと言うと、『一つの脳からもう一つの脳へと情報が移動する』というようなイメージを持ちがちだが、実際にはお互いの心が相手の心を鏡のように映し出すプロセスでもあるのだ。」


小さな成功体験

リチャード・ファインマンが行き詰まりスランプに陥ったとき、「立ち直るきっかけになったのは、ごく簡単な問題を解いたことだった。「脳の中では、何らかの成功体験=報酬が得られると、そのような結果をもたらす原因となった行動にさかのぼり、その回路を強化するような学習が起こる。〔中略〕どんな小さなことでもよい。『やってよかった』という達成感を得ることで、脳は確実に変わっていくのである。」



 ヴィクトル・ユゴーがこう語っていた。「海よりも壮大な眺めがある、それは大空だ。大空よりも壮大な眺めがある、それは人間の魂の内部だ」。心・生命・脳・人生。これらは確かに広大だ。

 脳がどんな時に活性化するか、働くか。そのさまを解き明かしていくことは、人生そのものといえる。著者は脳科学者でありながら、文学や美術に対する造詣も深い。そこに人間としての懐の広さも感じる。