mo-leloです。
☆心配と愛情
心配は心を配ること。
愛情は可愛がって大事にすること。
親からの心配と愛情って、ありがたいやら迷惑やら。
これ、私の本心。
感謝はしています、もちろん。
だけど、この2つは表裏一体って、ずーっと感じてます。
心配されることは、私にとっては負担。
親は、いいますよね。
「心配して『やってんのに』」って。
その恩着せがましさ。
そんな「やってんのに」精神なら、心配「しなくていい」のに。
だけど、その「心配」はやめられないみたい。
「心配してやってんのに」と言ってる「心配」。
これ、本当の意味じゃないって感じています。
「心配」という言葉を使った、「信頼してない」、なんだと思う。
だから私は親から、「心配」されるたびに、「信頼されてない」って感じています。
また、親から「家族だから愛情がある」といわれても、「心配」「不安」としか聞こえません。
「それ、信頼してないことを愛情にすり替えてるのねー」って感じます。
「心配」の意味は、成り行きが気になる、気にかけて世話をする、不安がる。
こんなふうに辞書には載っています。
でも、これ、ありがた迷惑に感じることだってあります。
心配する側の気持ちは、される側には伝わりにくいかもしれない。
いざ、心配する側になると、される側の気持ちが分かるものでもあります。
でも、そこに「信頼」があれば、「心配」は薄れるものだと感じています。
愛情も同じで、本当の愛情とは、見守り、信じること。
辞書にある言葉とは違う意味を持っていることを、私は知っています。
なぜなら、その「愛情」を親以外から受け取る経験をしたから。
この経験値は、私にとって、人生にとって、とても大きなものになっています。
しかし、本当の「愛情」を知っている人は少ないです。
どうしてこんな誤解や思い違いが生まれるんだろう?
「信頼」のなかにも、本音は心配や不安などの揺らぎはあります。
「信頼して見守る」なんて、忍耐以外の何物でもないんじゃないかな?
それでもね、大事な人だからこそ「信頼」して、「見守る」ことをしてほしい。
そうしてもらえたら、本当に嬉しくて幸せで、感謝感激が尋常じゃないです。
泣いて喜び、尊敬し、大切にしようと、本気で思いますから。
自分の親には、そうされていないけど、私はそこから学びたいと思います。
しかし、私の場合は信頼しすぎるのがタマニキズなんだなぁ・・・
今、感じたままのmemoryダイアリー♪
ではでは~
**おわり**