ブレトンウッズ体制、そして管理通貨制度・変動相場制へ | 門前小僧、習わぬ今日を読む

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反グローバリズム、反新自由主義、反緊縮財政。
アイコン,ロゴ画面はイラストレーターtakaさんより。
takaさんの詳細情報はブログ画面にて。

第二次世界大戦によって、

アメリカとソ連を除くほとんどの先進諸国は、

その供給能力に深刻なダメージを受けました。

 

二度に渡る世界大戦で破壊された各国の供給能力を、

各国が相互に補い合うために自由貿易を促進する

という目的の下、

 

1945年、ブレトンウッズ体制という通貨管理制度が誕生します。

 

ブレトンウッズ体制は、

金ドル本位制とも呼ぶべき通貨制度で、

金(Gold)とドルの交換が保証され、

それ以外の各国の通貨はドルと相場を固定し(固定相場)、

ドルを介して金と交換する、

というものでした。

 

ブレトンウッズ体制下では、

アメリカ以外の各国にとって、

自らが保有するドルと金(Gold)との交換は

アメリカ政府が保証してくれますので、

ドルと金(Gold)は等価であり、

ドルを持つことは金(Gold)を持つことと同じ意味を持ちます。


しかし、


アメリカにとっては違います。

 

世界の経済規模の拡大に伴い、

世界中でドル資産の需要が増え、

ドル資産を保有するものがましたが、

 

それは同時に、

 

アメリカ政府が世界各国が保有するドル資産と、

金(Gold)を交換しなければいけない義務を負い、

その義務が拡大していくことを意味します。

 

つまりブレトンウッズ体制下において、

アメリカ政府によるドルの発行とは、

アメリカ政府にとって文字通りの借金が増えてしまうことと同義なのです。

 

念のため確認しますが、

借金とは返済が必要な債務のこと、

そして金(Gold)の量というのは有限です。

 

地球上に存在する金(Gold)の量は、

これから発掘されるであろう金(Gold)の量も含めて

限界があるのです。

 

当然、アメリカ政府が保有する金(Gold)の量、

そして

アメリカ政府が将来獲得するであろう金(Gold)の量も有限であり、

その獲得量も世界中に存在する金(Gold)の量と比べれば、

それほど多くはないでしょう。

 

しかし、

経済規模というのは無限に近い形で拡大していきます。

 

金(Gold)の保有量や採掘量など無視して、

経済活動が活発であればあるほど、

急速に拡大していきます。

 

それが世界中の、ともなれば、

凄まじい、爆発的な勢いで拡大していくことになるでしょう。

 

金本位制のところでも述べましたが、

通貨の発行量に、

金(Gold)の保有量という縛りがある以上、

おいそれと政府債務を増やすわけには行きません。


それは、例えアメリカといえど、

ブレトンウッズ体制の下では、

例外ではなかったのです。

 

ブレトンウッズ体制下でのアメリカの政府債務は、

将来アメリカが保有できるであろう金(Gold)の量に依存するわけですが、

その量も世界規模の経済拡大の前にはタカが知れています。

 

結果、

 

アメリカ政府はギブアップ。

 

ドルと金(Gold)との交換をストップします。

 

これが、ニクソンショックです。

 

これ以降、

世界は変動相場制に移行していくわけですが、

これによって深刻な経済的混乱、

例えば供給能力が著しく毀損され、

世界中で貧困者が爆発的に増加する

などというような混乱は起きませんでした。

 

そりゃそうでしょう。

 

金との交換ができないというだけで、

金融資産としての各国の通貨の価値は大きくは変わらなかったし、

物理的に供給能力が破壊されるわけではない

からですね。

 

そのため、

 

ニクソンショックは

「お金とは何かという本質を見えなくさせてしまった」

 

などと言われることもあるようですが、

むしろ逆です。

 

それまで金(Gold)という存在のために、

見えなくなってしまっていたお金(貨幣)の本質を、

我々人類に提示する制度に移行した

というのが、正確な観方でありましょう。

 

そして、

 

金本位制、およびブレトンウッズ体制の崩壊は、

金(Gold)のような、

有限のモノ(商品)に価値の裏付けを依存するような経済では、

世界経済の発展を支えきれなくなったがゆえの、

いわば歴史の必然だったと言うことができるでしょう。

 

つまり、

商品貨幣論に基づく世界は、

今から半世紀も前に歴史に否定され、

人類のそれ以上の発展には不要、

むしろ阻害するものだと証明された

ということが出来るのです。

 

さて、

 

世界経済が管理通貨制度・変動相場制へ移行したことで、

各国の通貨価値は、為替相場によって相対的に決定されることになりました。

 

すなわち、

 

管理通貨制度では各国中央銀行(各国政府)が、

その裁量に基づいて自由に通貨の発行量を定める、

つまり理論上は政府が無限に通貨を発行できるようになったのです。

 

ただし、

 

通貨の発行のシステム自体は、

金本位制下での通貨発行システムを流用しました。

 

要するに、

通貨の発行を国債、

すなわち政府債務の発行と同期する現在のシステムは、

金本位制度の名残なのです。

 

つまり、

 

現在の管理通貨制度における政府債務は、

借金、

すなわち償還義務のある債務ではありません。

 

あくまで制度上、会計上の表記として、

債務と表現しているにすぎず、

政府債務の増大=通貨の発行量の増大

という意味に過ぎないのです。

 

そして、

 

その発行される通貨の価値については、

変動相場制に基づいて、

為替市場で

通貨が売られることによって通貨価値が下がる圧力がかかり、

通貨が買われることによって通貨価値が上がる圧力がかかる

という仕組みによって決まることになりました。

 

 

これは同時に、

その国の供給能力、

そして経済規模自体が通貨価値の裏付けになる、

という制度へ移行したことを意味しています。

 

結果、日本は、

 

安定した供給能力を獲得することで国内需要を満たしつつ、

その余剰を輸出することで通貨価値の上昇圧力を掛けながら、

国内で活発な経済活動を促すことで、

海外からの投資を促して、

さらに通貨価値の上昇圧力を得ることで、

通貨暴落というリスクを避けつつ、

通貨価値を安定させるという芸当が可能になりました。

 

しかし、それも過去の話となりつつあります。

 

既に歴史に否定された商品貨幣論の呪縛に縛られ、、

主権通貨、すなわち通貨発行権と自国通貨を同時に持つ強大な権限を有効に活用することも無く緊縮財政を継続し、

自国の経済を自縄自縛して経済活動の火を吹き消して、

需要を抑制することで供給能力を自ら破壊し、

自国民を見殺しにし続けています。

 

歴史を知らず、

歴史から何も学ばず、

ただ目先の損得に囚われ、

国民を見殺しにしながら、

国の借金返済などという妄想に囚われている現在の日本は、

衰退の一途を辿ることになるでしょう。

 

その衰退とは、

即ち現在の、そしてこれから生まれてくる子供たちを苦しめ、

文字通り死に至らしめることになるのです。