昨晩、懐かしい友と電話で

語り合った。

 

この友は私にとって、特別な存在。

 

というのも、CA時代の同期であり、

同じパターンで同じ飛行機で、

同じ「訓練生」バッヂを付けて

同じ釜の飯を食った仲間だからだ。

 

そしてもう一つが、

離婚してしまったが、元夫を

私に紹介してくれた存在としてだ。

 

もう何年ぶりだろうか、

彼女もまた人生色々あった。

 

友は、何故私達が離婚したのか、

ずっとずっと思い悩んで来たらしい。

 

私は最近うつ状態になり、

妙に涙もろくなり、また弱気でもある。

 

どこまで正気を保っていられるか、

いつボケるか分からない。

 

ならば、まだ話せる内に、

一体私の身に何が起こったのか、

そしてなぜ離婚に至ってしまったのか、

その真実を彼女にだけは伝えておこうと

思ったのだ。

 

話は2001年8月21日、

最初に押しつけられたベンゾから

始まる。

 

激しい離脱症状との戦い、

情報が何もないので

間違ったやり方で乗り越えようと

した苦闘。

 

悪いことが幾つも重なり、

始まった異常行動。

 

全てを打ち明けた。

 

「...そんな...

何かがあるんだろうとは

思っていたけれど、それは酷い。

やっと点と点が繋がった。

それにしてもその医者は酷い、

黙ってそんなの出すなんて!」

 

「monちゃんは悪くないよ、

全然悪くないよ、被害者だよ、

悪いのその医者じゃん!

ただ○○君(元夫)からみると

脳の中って見えないから、

あらゆる言動が、monちゃん

そのものだって誤解しちゃったんだろうね、

当時は分からないもんね、

だって~マニュアル(アシュトンマニュアルのこと)、

11年後でしょ!?

遅いって・・・」

 

友は元夫と同郷の人。

 

最近は親の介護と自分の老後の生活のために、

実家に帰って来たそうだ。

 

「monちゃん、遊びにおいでよ、

また会おうよ、遊ぼうよ」

 

そう言ってくれた。

 

そういえばCA時代、

一緒に遊びまくっていた頃を

思い出した、あの頃まさか自分が

製薬の陰謀の罠にはまって

人生がぶっ壊れるとは

夢にも思わなかった。

 

友と繋がることは、

元夫やそのご両親と繋がること、

私の心の感覚では

そんな錯覚さえ覚える。

 

ベンゾ前に私を包みこんで

くれていた沢山の愛、愛、愛。

 

それらを皆、ベンゾは奪っていった。

 

友はベンゾ前の本来の私を記憶して

くれているので、安心して話せた。

 

私の本質をよく知っているから。

 

お互いに人生色々、

しかし向精神薬被害、ベンゾ被害は

レベルが違う。

 

私は少しずつだが、理解者を増やして

いくことで、少しだけ安心して

生きていける環境を整えて来たのかも

しれない。

 

兄夫婦、姉夫婦、そして友。

 

安心安全の基地が、また一つ出来た。