政治の世界で「構造改革」と

叫ばれることがある。

 

構造的問題と捉え抜本から見直し

改革しようとするもの。

 

国鉄も郵政も乗り物から金融まで

あらゆるものが「聖域なき構造改革」

と叫ばれ「改革」されて来た。

 

しかし聖域はある。

 

医療だ。

 

国民皆保険の在り方も含め

ここにはまだ手が付けられていない。

 

アンタッチャブル(聖域)

 

今話題の「組織票」も多いし

族議員も多数。

 

しかもここは「素人は口出しするな!」

の頂点。

 

しかし玄人に任せた結果がこれである。

 

素人が所謂「シビリアンコントロール」

をしなければならない分野だ。

 

731部隊の暴走もあった。

 

それと今日の精神医療は

どこが違うのだろうか?

 

私にはDNAは変わってないように

映る。

 

行政も口出し出来ずどこも口出し出来ない。

 

被害者救済も司法は役に立たない。

 

精神薬被害に遭えばもうどうすることも

出来ない。

 

しかしその代表デパス、サインバルタ

(かつてはパキシル)などは

精神科より他科で「黙って」処方されている。

 

どう考えてもおかしい。

 

私は精神医療、特に精神薬問題を

改善していくためには、

ベンゾの点数をちょこちょこっと

診療報酬変更するくらいでは

間に合わないと感じている。

 

焼け石に水。

 

医療も立派な「産業」であり、

構造的である。

 

精神医療も精神薬処方も構造的な

問題を抱えている。

 

恐ろしい抵抗がありそうだが、

空想や想像だけでもしないよりは

マシなのでやってみようと思う。

 

まず外来に行ったら一律皆全員に

薬物を処方するというのは

どうなのだろうか?

 

これを見直すと言い出せば

血相を変えて抵抗しそうなのは

製薬会社、薬剤師、そして医師だろう。

 

心理学畑の人は賛成するだろう。

 

しかし「まず薬」これを見直すだけでも

随分と薬害被害は減る。

 

トラウマ関連であれば精神療法に回す。

 

特別薬が必要な急性期の人だけ慎重に

投与する。

 

(本当に薬が必要かどうかは

大体分かる)

 

経営上3分診療で処方し回転数を上げる

という今のスタイルを手放すことになる。

(回転寿司)

 

これを見直すのは並大抵のことではない。

 

最も低コストで最も合理的で生産性の

高い商売スタイルが今の薬物療法なのである。

 

このメソッドが有益なのはまくまでも

経営上。

 

患者にはメリットがないばかりでなく

デメリット、薬害に遭うリスクも高い。

 

精神療法のウェイトを大きくする

国の後押しも必要。

 

またインフォームドコンセントの徹底を

図る施策も必要。

 

二重三重に薬害を低減する施策が必要。

 

また製薬会社による疾患キャンペーンを

規制する。

 

他に薬しかないという時だけ

最後の選択肢として薬物療法をする。

 

精神薬被害の救済処置を構築する。

 

このような夢のような精神医療、精神薬を

取り巻く環境になったらどれだけ

人々は幸せだろうか。

 

自殺者も犯罪者も今より確実に減る。

 

精神医療、精神薬の問題は、

ちょこっと何かを変える位では

間に合わない。

 

「聖域なき」構造改革をやらないと

どうにもならない。

 

しかしこの産業の裾野は広く、

もしこれを実現しようとしたら

どれほどの「抵抗勢力」が暴れるか

分からない。

 

死活問題だ。

 

利権はそうそう崩れるものではない。

 

ここで大きな問題。

 

元々が理系脳でトークスキルに乏しい

医師(アスペ系多し)が、果たして

精神療法出来るのか?

 

薬を処方するから

何も言わず「ハイ、これ飲んで」

で終われる診察

(トークスキル不要)を

薬を使わないとなると

どうやって成立させるのか?

 

患者は殆どがトラウマ関連。

 

トラウマをどうやって扱うのか

という課題。

 

これまでの精神医療は

原因には目もくれず

(逆に犯人捜しを敢えてしない)

症状だけに興味関心を持ち

対症療法として薬を処方して来た。

 

その人の将来のことなど何も

考えず。

 

「原因を診る」それだけでも

薬を処方しない方法はいくらでも

提案、助言出来る。

 

殆どの人が薬が不要になるだろう。

 

オーバーワークなら休養、

モラハラなら加害者から離れる、

原因に思い当たる節があるなら

環境調整をするだけで改善する。

 

後に被る薬害被害を考慮すれば

転職や転校や転居、別居、離婚など

朝飯前だ。

 

大体外来患者の2割しか薬は必要

ないと言われている。

 

残り8割は過剰投与。

 

精神科業界が広がり過ぎている。

 

精神科医も「メンクリ」も少なくて

いい。

 

大体薬で脳を「デザイン」するとは

倫理に反する。

 

しかし今は誰でも何にでも薬、薬、薬漬け・・・

 

そして膨らむ医療費に社会保障費コストに

減る税収。

 

そして少子化。

 

就職出来ない、結婚出来ない、子供が産めない

認知症、寝たきり老人

これらの背景には精神薬問題がある。

 

もはや精神薬問題は、日本の資本主義や

国の形をも揺るがしかねない問題にまで

発展している。

 

国民が病み続けている。

 

このままいけば、アヘン戦争の如く

国が滅ぶ可能性さえ否定出来ない。

 

この負のループからの回避を

やろうと思えばやれるのに、

目先の利益にとらわれ

やろうとしない。

 

勿論国民世論の後押しも必要。

 

メディアの責任も大きい。

 

医療は聖域ばっかりだ。

 

反対派も「精神疾患は存在しない」とか

「薬は不要」とばっかり叫ぶから

相手にされない。

 

もっとこういった着眼点を持ってくれれば

私も是非応援したいと思う。

 

精神医療に必要なのは

「聖域なき構造改革」であり

「在り方の問題」を議論することだ。

 

距離を置けば置くほど

問題の本質が見えてくる。

 

一度がらがらぽんにして

抵抗勢力

骨抜き、骨太

聖域なき・・・

 

かつて躍ったこれらの言葉。

 

何故にこうもフィットするのか?

 

今これらの言葉が最も似合うのは

精神医療、精神薬業界では

ないだろうか。

 

よく言われる言葉だが

「精神医療そのものに反対している

わけではない」

これは精神医療の構造的問題を指摘

している言葉だとやっと分かった。