(前回の続き、二つに分けました)

 

ところで…

私は昨日書いた「少年の裏ブログ」

に、一切興味関心がなくなった。

 

その前の夜のブログなどは

実にチャーミングで(何かを

始めるという可愛らしいものだった)、

思わず「いいね」を付けてしまった

程だったが、混乱を防ぐために

取り消した。

 

しかし一転、翌日にはガラッと

文章が変わっていた。

 

私の文章を読むと頭が痛くなる?

とか、それはかつてのH子さんも

同じことを書いていたので、

また自己愛者のマキャベリズム、

マニュピレーションの介入が

始まったとがっかりした。

 

違う人物が、同じ文章を書くことは

あり得ない。

 

自己愛者の毒が入れば、

もうすぐに分かる。

 

(実はH子さんは、私に後日

「monさんの文章、私は嫌いでは

ありません」

と言って来てくれた。

本心とは違うことを書かされ、

胸が痛んだのだろう。)

 

自己愛者は支配欲が強く

コントロールしたがるので、

放っておくはずがないとも

思った。

 

今のところ、たった一人の

フライングモンキーである。

 

せっかくの私の楽しみが

なくなった。

 

話は飛ぶが、あるドラマのセリフを

思い出した。

 

かなり古いドラマなのだが

私と同世代の方々には

ご記憶にあると思う。

 

野島伸司ドラマの

「この世の果て」

 

性格の悪い(恐らく自己愛者)

横山めぐみ扮するホステスが、

愛とか恋とか永遠とかの言葉を聞くと

頭が痛くなって、そんな言葉を

口にする人間を、二度と吐けなく

して失望させることに執念を燃やしていた。

 

仲のよい夫婦や恋人たちの

関係性を、操作的に次々と

ぶっ壊して人生を破滅させていった。

 

ターゲットは、誰かを強く愛している人。

 

しかしそれには理由があって、

かつてのボーイフレンドが、

自分が集団暴行を受けた時

さっさと逃げてしまったからだ。

 

そのトラウマで、愛とか恋とか永遠とか

口ばっかりだということを

思い知らせたいと復讐を誓ったらしい。

 

しかし最後は結果的に自滅。

 

トラウマとは怖いものだ。

 

私の文章は暗いトーンだと思う。

 

私自身が深いトラウマを抱えて

いるので、底抜けの明るい文章

はもう書けなくなった。

 

それでもどこかにまぶしいものが

あるのだとしたら、自己愛者は

そのまぶしさに反吐が出るのかも

しれない。

 

そして頭が痛くなって、最後まで

読めないのかもしれない。

 

トラウマが原因かもしれない。

 

このドラマは、日本がバブル崩壊後の

暗い時代の作品である。

 

当時私はブエノスに住んでいて、

姉に録画をお願いし送って貰った。

 

登場人物は皆深い心の傷を

抱えていて、そして誰も報われない、

重くて暗いドラマだった。

 

当時の日本の空気にマッチして

いたのかもしれない。

 

しかし私はこのドラマが好きだった。

 

シーンもセリフもよく覚えている。

 

性格が悪く憎たらしい自己愛者も

トラウマを抱え、どこかに被害者的な

側面があるのかもしれない。

 

私はもう「少年の裏ブログ」を

読むことはない。

 

ただ一つ最後に書いておきたい

ことは、私が先に喧嘩を売った

のではないということだ。

 

これはH子さんもそうだったの

だが、私が先に喧嘩を売った

と認識していたようだ。

 

しかし自己愛者がH子さんに

依頼して公開させたブログを、

私が知らずにリツイートして

しまい、そこからターゲットに

なり、恐ろしいスピードで

自己愛者からブログで

嫌がらせを書かれ始めた。

 

私は書かれることを何とか

止めようと必死にあれこれ

試みた。

 

Aさんに、どうやったら

自己愛者にブログを読まれないように

出来るか、フォロアーを全て

解除しゼロにすれば読まれないか

とか、今考えればバカなことだが、

あらゆることを相談した。

 

しかしブロック機能がない現状では、

ブログを読まれないようにする

ための方策はどこにもなく、

あとは辞めるしかない、つまり

逃げ場はないということだった。

 

そして更に書かれ続けた。

 

初めて書くが、アメブロ事務局にも

合計10回以上の「通報」をし、

嫌がらせを何とか止めて貰いたいと

繰り返し頼み続けた。

(これも疲れる大変な作業)

 

しかしどうにもならない。

 

(アメブロ規約13条に違反している

自己愛者の問題は、私以外にも

相当数の人が通報をしていると

考えられる。

しかし現実はどうにもなっていない。

アメブロ事務局にも相当問題がある。

因みに私は有料会員だ。

タダでブログを書かせて貰っている

わけではない。

アメブロには「金返せ!」と言いたい。)

 

もうここまで書かれたら

売られた喧嘩は買うしかないと

思い詰めた。

 

他に止めさせる方法がないと。

 

これが「300発殴られた」と

いう意味だ。

 

逃げ場を失った者は、

後は闘うしかなくなる。

 

売られた喧嘩を買ったのは

私であり、自己愛者ではない。

 

しかしその状況は、自己愛者の

取り巻きには何も見えない。

 

誰のことを書いているか、

書かれた本人とごく親しい人

以外には分からない。

 

ましてや取り巻きになど

分かるはずもない。

 

で自己愛者から密かに売られた

喧嘩を、最後の手段として

買ったまでである。

 

勘違いしないで欲しい。

 

自己愛者は、自分が密かに

ターゲットに書いて来たことを

取り巻きに言うはずがない。

 

あたかも、書かれた被害者、

つまり売られた喧嘩を買って

しまった被害者が、取り巻きには

喧嘩を自己愛者にいきなり

吹っかけて来たように見えるだけ

なのだ。

 

私が喧嘩を売ったように

取り巻きや事情がよく

分からない人には見える。

 

また自己愛者は取り巻きに

「喧嘩を売られた」と説明する。

 

自分は被害者だと。

 

私は何とかどうにかして

逃げようと必死だった。

 

そのことは覚えていて頂けたら

嬉しい。

 

人生とは不思議なもので、

その時には分からなくても

後になって理解出来ることが

よくある。

 

私が何を伝えたかったのか、

今は分からなくても、いつの日か

「あのオバはん、このことを

言ってたんだ…」と気づきが生まれたら

嬉しい限りだ。

 

本当の友達(Friend)とは何か

いうことも含めて。

 

これで本当に全てゲームオーバー。

 

 

「この世の果て」のドラマの挿入歌の

1曲であった「この世の果てまで」

を最後に。

 

私が一瞬好きだった「裏ブログの少年」へ。

 

 

2022.07.28