モテない男の代表だと言われている北八荒だが、実はそうでもなくて…
『北八荒さんて素敵ですよね』
密かに想いを寄せている女子‥も、少なくない…?
『北八荒さん…素敵です』
お昼休み、教室の窓際の席から外を見てそうつぶやいたのは村木蛍子。一緒にお弁当を食べていた松岡知重は思わずその手を止めた。
『‥‥‥は?』
蛍子の視線の先には校庭で男子生徒が数人、バスケにいそしんでいる。そしてその中には北八荒の姿。
『北‥八荒?』
『はい』
聞き返すと大きくうなずかれて(素敵…?どこが?)と思う。(確かに見た目は悪くない…悪くないけど…)知重は再び校庭に目を向ける。男子生徒は八荒の他に剣流星の姿もあった。
『一緒にいる二人が強すぎる…』
ぼそっとつぶやくと
『生徒会長の剣流星さんとトップガンダーさんですね。確かにお二人も素敵だと思います』
と蛍子はうなずく。
『なのに北八荒?なんで北八荒?』
正直なところ蛍子の発言が理解出来ない知重は聞き返すと同時に彼女に詰め寄った。
『なんでって…』
蛍子はそれに答えようとするが
『なんで…でしょう…?』
と逆に問いかけた。質問に質問で返されて知重は思わず
『わからないんじゃないか!』
と突っ込みを入れる。すると
『そう、それ!今の感じ、北八荒さんっぽいです!』
蛍子は嬉しそうに手を叩いた。
『全ッ然嬉しくない!』
言い返す知重だったがそれすらも蛍子には八荒の行動に見えるらしい。
『さすが知重さん人間観察の賜物ですね』
褒めたつもりで蛍子がそうつぶやくと
『私、北八荒のこと観察した覚えないんだけど』
がっくりと脱力しながら知重は言い返した。
『え?でもそっくりでしたよ?』
『その褒められ方嬉しくない』

村木蛍子は夏に行われた大規模な浴衣美人コンテストで準グランプリに選ばれた大和撫子。
松岡知重はグラビア出身ながらテレビCMに大抜擢されレッドパンサーという怪盗役でジュエリーのCMに出演中。
二人とも現在人気急上昇中のメタル田高校の数少ない芸能人である。
(まさか蛍子の好きなタイプが北八荒だったなんて…)そんな話を聞いたせいか、無意識に八荒を目で追ってしまうようになってしまった松岡知重。しかしいくら観察したところで彼女には八荒の魅力というのがわからない。(見れば見るほど普通っていうか…悪くはないんだけど…)
そしてどういうわけか八荒は夢にまで現れて…寝不足気味で登校すると
『松岡さん。今日の放課後空いてる?』
『今日は…大丈夫ですけど…』
(蛍子と二人で帰りにパフェ食べに行こうって話してたんだけどな…)
『じゃあ放課後の補習出れるわね。家庭科の調理実習の補習。やらないと成績つかないからどうしようかと思ったけど大丈夫そうね』
『補習…』
朝イチで家庭科の教師につかまり放課後の居残り補習を言い渡される。蛍子にそのことを報告すると
『補習じゃしょうがないですね…あ、大丈夫ですよ。パフェはいつでも食べにいけますから』
と言われ逆に気を遣われる。
『それより心配なのは調理実習ってことです。知重さん料理あまり得意じゃないでしょう?』
『う…』
図星を突かれて何も言えずにいると
『先生に頼んで私も一緒に補習を受けましょうか?』
と蛍子は言い出して
『大丈夫!私の補習に蛍子が付き合う必要ないから!確かに料理は苦手だけど調理実習くらいなんとかなる!』
と蛍子の心配を吹き飛ばそうと知重はわざと明るく振る舞った。
そして放課後‥調理室に行って驚いた。
『あれ?…もしかして補習?』
『き…っ、た、…八荒』
自分の他に補習者がいるとは思わなかった上にまさかそれが八荒だとは予想もしていなかった。だからこそ妙な反応をしてしまったし、挙動もおかしくなった。
『何その反応…え?俺ってそんな動揺するほど汚い!?』
『あ…いや、そういうわけじゃなくて…』
『だってさっききたないって‥』
『言ってない言ってない』
『そ?じゃあ俺が聞き間違えたんだな』
知重は冷静に振る舞いながら室内を見渡す。が、自分と八荒しかいないとわかり内心ものすごくがっかりした。(北八荒と二人きりで補習…ううん、二人きりではない!ちゃんと先生がついててくれる!)そう思って気を取り直した直後、調理室に先生がやってくる。
『補習で作ってもらうのはお菓子。ひととおりの材料は用意したから何か作って写真撮ってレポートを提出すること。わかった?』
言いながら作業台に材料を手早く並べた後
『急な来客があるので私は席を外します。個人で作るもよし、二人で協力するもよし。じゃあ頑張って!』
それだけ言って調理室を出ていく。そうして結局知重と八荒の二人が残された。
『頑張ってって…まるなげじゃん…』
呆れたようにつぶやいて八荒はホワイトボードに目をやる。そこには先生が用意した材料で作れるお菓子の名前が箇条書きにされていた。しかし(なんで?どうして私が北八荒と二人きりで補習を受けなきゃいけないの!?)いろいろ納得出来ない知重はホワイトボードに見向きもしない。(こんなことなら蛍子の協力断らなきゃよかった…)今更ながらにそう思う。だが蛍子は先に帰してしまった。(どうしよう…私料理苦手だしお菓子なんか作ったことない…)不安しかなくて涙が出そうになる。その時だった。
『カップケーキにプリン、クッキーにホットケーキか…トップガンダーだったら楽勝だな』
八荒がそう言って一人で笑った。それを聞いて知重は(そういえば…なんでこの人補習なんだろう…)と疑問が浮かぶ。ちなみに知重は調理実習のある日に限って撮影等の仕事が入り遅刻もしくは早退で一度もまともに実習をしたことがなかった。
『あの…』
『うん?』
『どうして、補習?』
思い切って聞いてみた。すると八荒は
『いや~それがさ~調理実習にはちゃんと出てたんだけど…料理は流星とトップガンダーに任せて自分は好き勝手やってたんだよ。だからレポートは流星の書いたやつ丸写しして…ばれて補習…』
苦笑しながら説明する。
『例えば餃子と杏仁豆腐を作る調理実習では勝手に炒飯作ったり…煮魚を作る実習では塩焼きにしてみたり…』
そんな八荒の話を聞いた知重は
『何それ一人学級崩壊じゃない』
とつぶやくように口にしてクスクスと笑う。彼女の笑った顔は珍しく、思わず八荒はその顔を凝視した。
『‥‥‥何?』
八荒からの視線を感じたのか、知重の顔から笑顔は消え、冷たく尋ねられる。八荒は
『笑った顔初めて見たけど…普通に可愛いじゃん』
と感心しながら言い
『普段笑わないのはやっぱイメージとかあるから?レッドパンサーの?』
と聞き返す。すると彼女からは意外な答えが返ってきた。
『それもあるけど…私、自分の顔嫌いなの』
『え…?』
『だから人前では笑いたくない』
知重の発言を聞いた八荒は
『もったいないな~笑ってるほうが可愛いのに』
平然と言った。
『えっ…』
予想だにしなかった八荒の一言に知重の表情がまた変わる。(今…可愛いって言った?しかも普通に!?何この男…もしかして…)
『天然タラシ…』
『えぇっ!?その言い方ひどくない!?』
いつまでも喋っていたら先に進まず補習が終わらないので知重は平静を装って作業を開始する。と
『あれ?エプロン着ないの?』
と八荒は言い、用意されていたエプロンを指差された。
『エプロン…』
八荒は早速エプロンを身に付ける。知重も一度はそのエプロンを手に取るが(だってこれ…着たらお揃いじゃない!ペアルックじゃない!そんなの、そんなの…)
『絶対イヤ』
力いっぱい拒否。
『え?…エプロン嫌い?』
結局知重はエプロンを着ないまま調理開始。
八荒はプリンを、そして知重はホットケーキを作る。材料を手際よく混ぜる八荒を見て感心していた知重が、ホットケーキミックスの袋を開けようと力を入れた次の瞬間‥
ボンッ!
まさかの爆発。ホットケーキミックスの粉が周囲に散乱。知重は頭を白くしたまま呆然と立ち尽くしている。
『大丈夫?』
作業の手を止めて八荒が尋ねると知重は黙ってうなずいた。
『あ~ホットケーキミックスほとんどなくなってるわ。これじゃホットケーキ作るのは無理だな…』
知重が頭にかぶった粉を払っていると八荒は作業台の上をきれいにしながら言った。
『え…』
(それじゃ私の補習は?)知重はホワイトボードに目を向ける。(ホットケーキが駄目なら他には…)考えるが、カップケーキやクッキーは自分に作れる気がしない。
『俺と一緒にプリン作る?』
心配して尋ねる八荒。しかし知重は
『断る』
と即答。彼女の即答にショックを受ける八荒だったが
『じゃあ俺の代わりにプリン作ってくれる?』
とか言い出して
『え?』
知重は八荒の顔を見た。
『前にトップガンダーがホットケーキミックスで蒸しパンが作れるって言ってたからさ。俺、残った粉でそれ作るから』
八荒は明るくそう言うと
『もし失敗したらまずいから…君はプリンを作った、ってことでレポート提出してね』
自分が途中まで作業したプリンを指差した。
『でも、プリンはあなたが‥』
と知重が言い掛けた時
『俺、こう見えて料理得意なんだよね』
八荒はブイサインを見せながら唐突に言う。
『トップガンダーほどじゃないけど一応料理男子なんですよ。だから平気です。もし失敗してまた補習ってなっても時間はありあまってるしね』
と言って笑う。
『あ、プリンは容器に入れて冷やすだけだから。待ってる間にレポート書けば時間も無駄にしなくていいと思うよ』
八荒はデジタル式の計量器とボウルを手にすると破れた袋に残ったホットケーキミックスの粉を量る。知重はおとなしく彼に言われた通りにすることにした。
容器に移したプリンを冷蔵庫にいれた後ちらりと八荒に目をやる。彼は粉を無駄にしないようにと真剣になっていた。(本当に出来るの?蒸しパン…)不安になる知重だが声をかけづらい雰囲気なので黙ってレポートを作成する。

どれくらい時間が経っただろうか。
調理室にタイマーの音が鳴り響き
『よっしゃ完成~!』
八荒の嬉しそうな声がそれに続いた。知重も立ち上がって彼に歩み寄る。
八荒が湯気の出る蒸し器の蓋を開ける。そして固まった。
『?』
どうしたのかと思い知重は蒸し器の中を除いてみる。
『これ…蒸しパン?』
蒸し器の中にはとても蒸しパンには見えない謎の物体…お世辞にも美味しそうには見えない。
『やっぱ見よう見まねで作るのは無理だったか~』
悔しがる八荒をよそに、知重は冷蔵庫を開けた。恐る恐るプリンを取り出してみる。それを見て知重はホッとした。見た目には何も問題なく、プリンは無事に完成した模様。(って、私何もしてないけど…)
『やっぱちゃんとトップガンダーに作り方聞くべきだった…つーか呼ぶべきだったな。どうしよこれ…』
蒸し器の中の物体Xを見つめながらどうしようかと悩む八荒。そんな彼に知重は静かに歩み寄り
『北、八荒』
名前を呼んで振り向いたところで
『はい、あーん』
できたてのプリンをスプーンですくって彼に向けた。
『えっ!?』
驚く八荒に知重は
『あなたが作ったんだから、責任もって味見してくれる?』
と言ってプリンを差し出す。
『あ…そういうこと…』
八荒は納得したようにつぶやくと「いただきます」と自分で作ったのにご丁寧に挨拶してプリンを口に入れる。
『うん。普通にうまい』
彼の感想を聞いた知重は彼に食べさせたプリンをしっかり手渡して
『じゃあ私はレポート提出して先に帰ります。あとは頑張って』
自分の荷物をまとめると足早に調理室を出ていった。残ったのは八荒ただ一人。
『完全に置いてきぼり…』
意外と冷静な八荒はぽつりとつぶやき渡されたプリンをまた一口食べる。それから残念すぎる物体Xに目をやると盛大なため息をつくのだった。


(少しだけ…蛍子の言ってたことがわかった気がする)帰り道、知重はふとそう思った。(北八荒が素敵かどうかは置いといて…まぁ、いい奴であることは確かね。彼氏にしたいとはまったく思わないけど!)

そんな彼女が自分の本当の気持ちに気づくのはもう少し先の話…。


<終>