クイズ王の存在意義学びて思わざれば則ちくらし知識はあくまで考えるための材料である。もしくは道具と言ってもいいかもしれない。考えることが当たり前の中心である。材料や道具をたくさん持って自慢する愚。たくさん持っていることをほめる愚。どちらもひどい愚かさだ。クイズ王などその愚の最たるものだ。これはテレビの罪だろう。もともと価値のないものに価値を与えてしまったテレビの罪も重いし、当のクイズ王も自分があたかもすごいと勘違いして憐れだ。本当に罪深い。