待つこと。辛抱すること。

これは、大切である。

 

しかし、勢いということも必要である。踏み出し、飛び込む契機である。

 

この二律背反(アンビヴァレンツ)はどこまで行っても解消することはないだろうし、相反する広がりのある要素を抱えることが力を生むだろう。

 

すべきことは、「繋ぐこと」だ。

有名な演説でも、

「過去を振り返って点と点を繋ぐことしか出来ない。将来を見据えて点と点を結ぶなんてことは出来ない。」というのがあったが、まさにそうであろうと思う。

情報と情報を結ぶ、考えと考えを結ぶ、そのために熟慮することであろう。

考えるには言語が要る。

言語はよく出来ている。音声で考えることが出来る。文字を書いて考えることが出来る。

音声は、ある程度要素を抱え、考えの糸口がつかめそうな状態に相応しい。

文字は、糸口も掴めていないような時に力を発揮するだろう。

言語はまだ、考える方法を持っているように思う。

例えば、ぼんやり考えるということも可能だ。

明確に声に出して考えるでもなく、ノートに纏めたり、文章を書いたりするでもなく、

はっきりとした行動を取らず考えをリラックスして巡らす、ということが出来る。

この方法によって閃きを得た経験は誰しもあるだろうし、

自然に行っていることだろう。

 

「繋ぐ」ために、し続け、磨き続けていきたいのは、

「書くこと」だろう。

文章を書くこと。

一つの言葉、一つの話題から、書いている内に思わぬ方に話が進んで、

新たな視点がやってくることも多い。

視点が増えれば、理解は当然深まる。

知識と知識、考えと考えも繋がっていく。