ナイキジョーダン-ボブ-ダンドリッジ2 | モンスター ヘッドホンのブログ

モンスター ヘッドホンのブログ

ブログの説明を入力します。


2 ワシントン-ブレッツ
3 業績
4 外部リンク
ミルウォーキー-バックス[編集]

1969年のNBAドラフトはUCLA出身のカリーム-アブドゥル=ジャバーに話題が集中し、ジャバーは全体1位指名を受けてミルウォーキー-バックスに入団したが、同時に4巡目全体45位という低い評価でバックスから指名を受けたのがボブ-ダンドリッジことロバート-L-ダンドリッジ-ジュニアだった。ダンドリッジは大学4年目のシーズンには平均32.0得点をあげるスコアラーとして活躍していたが、ノーフォーク州立大学という無名校出身だったため、多くのスカウトにはノーマークだった(なお、ABAのケンタッキー-カーネルズからも指名を受けている)。

バックスにとっては思わぬ拾い物だった。ダンドリッジはルーキーイヤーから即戦力として活躍し、13.2得点7.7リバウンドを記録してジャバーと共にオールルーキー1stチームに選出された。翌1970-71シーズン、バックスに大物PGのオスカー-ロバートソンが加入。ジャバーにロバートソンとその名を歴史に残す名選手に囲まれたため、ダンドリッジは彼らの影に隠れる存在ではあったが、このシーズンはチーム3番目となる平均18.4得点、チーム2番目となる8.0リバウンドをあげ、また好ディフェンダーでもあったダンドリッジはエースストッパー役もこなすなど、オールラウンドな働きでチームに貢献するようになった。充実した陣容となったバックスはこのシーズン、当時のNBA記録となる20連勝を達成し、プレーオフも圧倒的な強さで勝ち抜いて優勝を果たした。ダンドリッジは入団2年目にして早くも1個目のチャンピオンリングを手に入れた。