吉田明博2 | モンスター ヘッドホンのブログ

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横浜F?マリノスでは、なかなか出番に恵まれず、2000年途中に大分トリニータに移籍。

大分ではキャプテンを任されJ1昇格に貢献。ここで現在のような中盤のフリースタイラーとしてのプレースタイルを確立する。

大分で中心選手として活躍していたが、古巣の横浜FMからオファーを受け2006年に完全移籍で6年ぶりに復帰。実際にプレーを見た岡田武史監督に「こんなに良い選手だとは思わなかった」と言わしめ、開幕戦では前年まで右サイドのレギュラーだった田中隼磨からスタメンの座を奪った。4月29日の広島戦では、復帰後初ゴールとなる決勝ゴールを後半ロスタイムに決めて勝利に貢献した。その後、田中の復調でベンチスタートに定着してしまったが、運動量と攻撃力を生かし、逆に後半守備を固めるためのスーパーサブとしてチームに貢献していた。

2007年は、当初は出場機会は少なかったものの、4-3-3から4-1-3-2へのシステム変更に際し、山瀬幸宏と共にスタメンに定着している。「戦術の理解度が高い」などと評価するなど、早野宏史監督も信頼を寄せていることが伺えた。

しかし、若返りを図るチームの方針を受け2007年シーズン最終戦が行なわれた12月1日にチームから正式に戦力外通告を受け退団。12月26日に地元であるヴィッセル神戸への加入が発表された。神戸では当初ほとんど途中出場だったが少ない時間でもきっちりと入れる決定力を買われ27節以降は先発として出場し活躍。2009年はシャドーストライカーとしてプレーする機会が多く、8月には3得点を挙げた。毎年秋頃の彼の活躍が神戸の戦績に関わっており、特に2010年はシーズン途中は起用されない時期もあったが、シーズン終盤には欠かせない存在になるまでに復活し、最終節は2得点を挙げ、残留に大きく貢献した。