(ORICON STYLE)
震災から3年が経ち、仮設住宅から自宅を失った被災者に安い家賃で貸し出す災害公営住宅への転居が進んでいる被災地。1995年の阪神?淡路大震災で約1万8600戸もの災害公営住宅を建設したUR都市機構は、東日本大震災でも3933戸の建築要請を受けている。現在は6市町10地区で430戸が完成。現在も2255戸の建設を進めていナイキ ほか、季刊で発行している情報誌およびWEB誌『UR PRESS』においても、住宅復興支援の取り組みや進捗、被災者の声などを報告。その中では数多くの災害公営住宅を手がけてきたUR都市機構が目指す、これまでのノウハウから得た“コミュニティーを育む住宅づくり”を紹介している。
3月から入居が始まった宮城県女川町の災害公営住宅8棟200戸では、もともと戸建住宅で生活していた人が多いため集合住宅の階数を低くしたほか、水産業の町ならではの漁具が洗える水洗い場を設けるなど生活に配慮したつくりに。さらに、建物と建物との間に緑豊かな広い中庭を作ってベンチを置き、各階の廊下に立ち話ができる場所を設けるなど、住んでいる人がちょっとした世間話ができるスペースを各所に配置。住民同士の交流が深まるような工夫が随所にちりばめられている。
コミュニケーションを生む住宅づくりをすることで、地域のつながりを再び取り戻そうとする試みは、阪神?淡路大震災時の教訓やUR賃貸住宅の管理経験から生まれたという。さらに、復興を加速させるための取り組みとして「女川町の災害公営住宅は工法を工夫し、工程を徹底管理するなどして通常の1.5倍のスピードで完成させました」(UR都市機構)。「住民の方、女川町、設計を担当した会社、工事を担当した建設会社とUR都市機構が、それぞれの立場で復興街づくりに向けて協力しながら取り組んだ結果だと思います」(同)と振り返り、これからの街づくりにも意欲をのぞかせる。
今後は、被災3県の計画戸数の約4分の1にあたる約6500戸の整備を予定しているUR都市機構。人が元気になれば、街、地域も元気になる。そんな街づくりが始まっている。